2022年2月にプロジェクトが完結したボードゲーム「ジニー」

ボードゲーム「ジニー」は、日本の性教育をアップデートすることを目指して開発され、この取り組みに共感されたクラウドファンディングの支援者のみ、手に入れることができるボードゲームです。

助産師ベンチャー株式会社With Midwifeが発案、中心となり進められたこのプロジェクト。ボードゲームのゲーム作りは株式会社NEXERAが、そしてNASUはグラフィックデザインとWebデザインを担当しました。


NASUでデザイン制作をお受けする際、通常はデザイナー1,2名で制作しそれを前田さんがディレクションする形が多いのですが、ジニーは違いました。ボードゲームという性質上デザインする物量が多かったこともありNASUのデザイナー全員が制作に関わりました。

そこで、今回は社長の前田さんが、ジニー制作メンバー全員に話を訊くスタイルでお届けします。本記事は、前田さんの前職である任天堂の「社長が訊く」企画のオマージュでもあります。



ゲームに没入できる世界観を築くために

前田:じゃあ、水上さんから自己紹介とジニーで携わったことの説明をお願いします。


水上:はい。デザイナーの水上です。ジニーのプロジェクトでは、クラウドファンディングのグラフィックデザインと、ボードゲームの全体的なアートディレクションをしました。


久本:デザイナーの久本です。パッケージのイラストをデザインしました。


小野:アシスタントデザイナーの小野です。ボードゲームの小物周り、カードやチップ、ついたてとか、アイテムを中心にデザインさせていただきました。


牧瀬:Webデザイナーの牧瀬です。ジニーのパッケージやボードで築かれた世界観を崩さず、魅力的に見せられるようにWebサイトを制作しました。

前田:みんな、どうした? あんまり喋らないね、緊張してるの? 


一同:苦笑い


前田:ざっくばらんに聞いていきたいので、気楽にいこう。今回、僕の役目は「ゲームを面白くするためのデザイン」を目指すと決めていて、その上でデザインで気になったところがあればダメ出しして、みんなの力を引き出すことでした。アートディレクションという意味では、水上さんがクオリティ管理までやってくれていたね。


水上:そうですね。実際のデザインだけでなく、ボードとキャラクターの設定づくりまでしました。クラウドファンディングのときは、「性教育をテーマにしたボードゲームを作ります!」と決まっていただけでした。そもそもジニーってなに?というところから、ジニーに出てくるお化けのスッテレなどのキャラクターまで、設定を作っていくところから始めました。


前田:With MidwifeさんとNEXERAさんに作ってもらったゲームのルールやストーリーを受けて、NASUのメンバーとどのように共有して、どうやって作っていったのかな?


水上:最初はボードですね。国が定めている性教育の「はどめ規定」を踏まえて、With Midwifeさんの発案からNEXERAさんがボードゲームを設計されて、NASUでデザインを進めることになりました。ゲームのルールと魔法の世界を舞台にすることが決まっていたのですが、そのときNEXERAさんが作っていたプロトタイプがこれです。これでテストプレイを何回もやりました。

前田:あったなぁ、まだ仮の状態だね。


水上:そうですね。最初、テストプレイ版のボードが六角形の形状をしていて魔法陣っぽいので、これを踏まえたデザインを考えていました。でも、よく考えたら、プレイヤーが森で修行して1人前になる設定なので、もっと森っぽくした方がいいなと思い、緑色の森で考え直しました。


前田:なるほど、六角形に囚われずゲームの世界観にあわせてデザインしていったって感じかな?


水上:はい。ジニーは、「試練の森」という設定の森の中で修行するのだから、プレイヤーが彷徨っている感じをもっと出したくなって。だからボードのデザインは、ぐにゃぐにゃした形状になっていきました。

前田:うんうん。森の中を彷徨って困っている感じを出せたら没入感が生まれるし、当事者意識をもってもらえるような世界観を築けたら、ゲームを楽しむことにつながるよね。


水上:なんかジェットコースターに乗ったら、上下左右に振り回されながら、いろんな景色が目に入ってくるじゃないですか。ああいう感じの没入感を目指しました。


ゲームの面白さを高める、キャラクターの存在感

前田:その次がキャラクターデザインかな? ジニーのゲームの中には、プレイヤーの宝石を食べてしまうおばけがいるんだよね。


水上:そうです。ボードのデザインの次というか、実質は並行して、キャラクターのデザインも進めていました。その過程で出てきたのが、スッテレです。

スッテレの名前の語源は、ステレオタイプから来ていて。現実世界の凝り固まった価値観や概念、偏った性教育などの社会的な課題のメタファー(比喩)として表しています。

プレイヤーが持つ宝石は、その人の大切な心のメタファー(比喩)です。スッテレはその宝石を、悪気なく純粋に好きな気持ちで食べていきます。この悪気がないというのが大切なポイントですね。

前田:悪気はないけれど、性や性教育に対する偏った見方から、人の大切な心や行動の機会を奪ってしまう人のメタファー(比喩)。それがお化けのスッテレということだね。


水上:はい。このキャラクターの設定ができてから、いろいろ試行錯誤していた表現の方向性が決まって、できることが広がっていった気がします。


前田:僕はスッテレのこと、最初から気に入ってて。クレイジーなのがすごく良いよね。デザインする途中で、かわいい要素が強くなっちゃって。でも、最終的に悪気がないクレイジーさを残ってよかった。


水上:最終的には、鏡餅みたいな感じになりましたね(笑)。

前田:ジニーにおいて、デザインのコアたるものはボードと、このスッテレじゃないかな。誤解を恐れずに言うと……この気持ち悪い感じというか、ある意味ピュアなキャラクターに追いかけられるのが、このゲームの本質な気がするね。


水上:結構しっかり作られていて、ゲームした時になかなか存在感があるので、追いかけられている感が強いですね。「あー、(スッテレが)来る~」みたいな(笑)。


前田:そうそう、それ。まさにそれが狙いどおりだから。狂気な感じがするよね。スッテレって。


水上:テストプレイしたら、かなりの存在感でした(笑)。


前田:特に宝石を食べる仕様がすごくいい! スッテレをリトルジニーにかぶせるやつ。


水上:テストプレイに使っていた仮のスッテレが市販の穴が空いたおばけのコマだったのですが、スッテレをコマ(リトルジニー)にかぶせたらいいなーって話になりました。

ゲーム中一定の条件下で、プレイヤーのコマ(リトルジニー)は、スッテレにパクっと食べられちゃうのですよね。こんな風に。このゲームとしてのわかりやすさを出すために、このあたりの設定にはこだわりました。

前田:この動きがいいよね。ゲームを実際にやってみて思ったけど、スッテレがいるといないとでは、盛り上がりかたが、かなり違う。


水上:そうですね。これが普通のプレイヤーと同じような形状のコマだったら、おもしろく感じなかったかもしれません。


性教育を、概念的に伝えるためのイラストづくり

前田:スッテレ以外のキャラクターもいたよね?


水上:はい、ありますね。例えば妖精。このデザインも、結構変わりました。

妖精は、受精卵のメタファー(比喩)です。この子どもの形をどこまで表現するか、かなり試行錯誤しました。With Midwife社の岸畑さんからは、概念的に表現したいというご意向を伺っていたので、初めの頃はこんな抽象的なビジュアルでした。

前田:ゲーム内で子どもを産むという意味を、性行為も含めて、どうやって具体的過ぎず概念的に伝えるかが課題だったよね。


水上:そうなんです。この妖精は、子どもを表すメタファー(比喩)でもありまずが、受精している様子も表しています。ですから、受精卵のメタファーとも言えます。真ん中が卵子で、外側にあるのが精子を表しています。


水上:ボードの話に戻るのですが、試練の森は魔法の世界なので、魔法がかった雰囲気をもっと出すために、緑色から紫がかった色に調整しました。これらの設定が決まってくると、他のデザインもイメージしやすくなってきました。



一緒に作るからこそできたデザイン

前田:カードなどのアイテム類については、どうやって進めていたの?


水上:アイテム類については、途中から小野さんにやっていただきました。


小野:そうですね。僕がカードや宝箱とか、ボード上で関わるアイテム類をつくっていきました。

水上:これもキャラクターデザイン同様、メタファーを意識しつつデザインしました。例えば、ボード上に「修行マス」という1回休みのマスがあるのですが、このマスに描かれている魔法陣は男女の外性器をイメージしています。


小野:魔法陣は、どう表現しようかなぁと悩みましたね。性教育という要素を入れつつも、なんか意味のある魔法陣みたいなのをつくれないかなーと思って。最終的に、男女の外性器をイメージした形になりました。


水上:他に、マントもデザインしてくれたよね。マントは、プレイヤーが手元に置いている宝石やカードなどを、他のプレイヤーから隠すついたてのことで、性教育的にはプライベートゾーンのことを表しています。

前田:なぜ、ついたてを使って、他のプレイヤーから隠すんだっけ?


水上:プレイヤーが持っている宝石は、自分の心とか大切なものを表すメタファー(比喩)ですが、ゲームのクリア条件として、宝石を他のプレイヤーと分かち合うというのがあります。その大切なものをマントで隠して守るという意味があります。これは最初、マントの形じゃなかったです。


小野:最初は、長方形の観音開きに折っただけの形状で、そこに記号的な魔法陣とかリトルジニーの帽子を記した状態でした。

そこからミーティングをしていく中で、With Midwife社の岸畑さんから、「マントはどうですか?」とアイデアをいただきました。確かに形的には合いそうだなと思って、最終的にマントの形状になりました。

前田:宝石を他のプレイヤーから隠すというのは、ゲームを行う上ではなくても成立する行為だけど、性教育の概念を表すためには必要だったということだね。宝石は自分の大切な心だから守らねばならないと。

これは、面白いなぁ。この発想を、こちらサイドから出すのは難しい。ゲームの発案者であり助産師である岸畑さんならではの発想。一緒にゲームを作り上げるからこその醍醐味とも言えるね。


水上:テストプレイをやっていただいたお子さんから、「このマント、いるの?」という疑問が出たそうです。


前田:その疑問、めちゃめちゃいい!「これ、いるの?」という疑問に対して、大人が説明するチャンスを得られる。ということは、「大切なものだからマントで守るんだよ」と、ゲームの内容を伝えつつ子どもとのコミュニケーションがとれるね。




ボード、メインキャラクター、サブキャラクター、小物のデザイン……、そう、ボードゲームのデザインは本当に物量が多いのです。後編では、パッケージとWebデザインのお話しにフォーカスします。