アートディレクションとは何なのか?前田高志のデザイン講義実況中継 武蔵野美術大学編
アートディレクションとは何か。
あなたは、この問いに明確に答えることができますか? なんとなくわかっているつもりだけど、どこから、どこまでがアートディレクションの領域なのか、分からずにやっている人もいるのではないでしょうか。
武蔵野美術大学でのアートディレクションについての講義に、前田高志さんがゲスト講師として登壇しました。講義では、「アートディレクションの必要性」などについて、非常勤講師の草野剛さんとクロストークを繰り広げました。両者にとってアートディレクションとは何なのでしょうか。本記事で紐解いていきます。
※この記事は、2020年12月に行われた草野剛さんの講義に前田さんがゲスト講師として登壇した様子の一部を再構成したものです。
本日のゲスト講師は、任天堂でデザイナーとして活躍後、株式会社NASUを立ち上げ、オンラインサロン「前田デザイン室」も主宰されている、前田高志さんです。
よろしくお願いします。
今日のトークテーマが「アートディレクションについて」ということなのですが、草野さんとは何度かお話をさせてもらっていて。その中で「アートディレクションの概念がない」と言っていたのが、印象的でした。
どこからをアートディレクションと呼ぶか? の問題という気がしたんですよね。
確かに。チームの役割としてのアートディレクターと、本来のアートディレクションと違いますもんね。
そうなんですよ。アートディレクションの定義とは、視覚情報に方向性をつけて整えることかと。
さらに「あなたの意向を踏まえると、こういう展開もありますよ」というコンサルティング的要素も入っている。
「こういうことをすると、予算はいくらかかります」だとプランナーになる。軸は自分の中に存在していても、役職はどんどん移動していくんですよね。
クリエイティブディレクターもそうですが、概念があやふやなのにチームの役割としてはあるという、すごい気持ち悪い感じがします。
デザイナーよりアートディレクターの方が領域や視野が広いんですよね。そしてアートディレクターよりクリエイティブディレクターのほうが、さらに広い。
ですね。
でも自分を何々と役割を区切って、そこに佇むことは、あまり有効的ではないと思っています。
なぜですか?
例えば、名指しで依頼された場合、すでに企業側が「この人ならこういうことができるはずだ」と、ディレクションしていますよね。
我々は、渡されたバトンの中で美を整えていくわけです。
アートディレクションは「美を整える」、めちゃくちゃ明解ですね。
前田さんはどうお考えですか?
僕が考えるアートディレクターの役割は、世界観選定…つまり、目的に対しての手段をひたすら考えるのが、アートディレクターの役割。
構築するのが、グラフィックデザイナーの役割なんじゃないかなと思っています。日々アップデート中ですが。
なるほど。僕は自分で全部やってしまうこともありますね。
どういうときに自分でやるんですか。
状況にもよりますが、例えば…自分より他者のほうが120%を出せると思ったら頼みます。
わかりやすい。
まず、一発で120%を出さないと次はないと考えます。ある種、保険(意識・モチベーション)の意味も込めて。依頼内容に対して、提案も行動もズレていたら…その時点で次の依頼はない。フリーランスとはそういうものかと。
最近ZOOMを介して、みんなと話ながらデザインを組むこともあります。
みんなとは、どなたですか?
クライアントやプロジェクトメンバーです。画面共有機能をそれぞれが利用するのですが、僕の場合、作業画面を共有するケースがあります。
話合っている意見をすぐに反映し、双方が確認しながら組み立てるイメージです。エンジニアさんが参加している場合、実装するときのことなど、画面共有しつつ解説してくださることもあります。
それ、めっちゃ画期的ですね。新しいディレクションです。
その時は、誰もがディレクターです。例えば…リードする場面のひとつは、疑問に対して回答できるとき。逆にこうしたいというベクトルを持っている人がいた場合は、その人が旗を振る。この場合、アートディレクターは、移動し続けますね。
朝ひらめいた考えなんですけど、言っていいですか? 大事にすることを決めるのがアートディレクターで、大事にすることをかたちにするのがデザイナーかなと。
うん、わかりやすい。でも、そこで縛っちゃうのは嫌だな。
結局、ポジショントークになってしまって…闊達な意見交換の場にならない。僕はみんなに可能性を見たいし、知りたいです。
役職で語るのは良くないと。
役職・経験・年齢・性別で縛ってしまうと…誰かの感性を奪うことになるかも知れません。
僕の会社では、肩書きをなくして、名刺は名前だけにしています。
そうなんですね!僕の中で草野さんの会社は、フリーランスの集まりのような実力社会というイメージがあります。
いやぁ、そんなことないですよ、まだみんな20代ですし(笑)。
ちなみに会社ではリモートワークですか?
リモートワークは、どんどんタコつぼ化していくので、やっていないですね。
タコつぼ……!?
リモートワークは、タコがつぼに入るみたいに、社会に遮断されるじゃないですか。SNS等テックを介して世の中と繋がることは可能ですが、フィジカルな体験が有効なケースも多々あります。
だからリモートは地獄だと。
そうです。対面で仕事をしていれば、前田さんが、レイアウトしたりするのを見て、自分なりに工夫してやっていこうとするから、ビジネスが加速するんです。他者への気持ちも生まれて、利他的にもなれる。
なるほど。草野さんのここまでの話を聞いて、僕はアートディレクターを役職で考えすぎてるなと思いました。
それぞれの、考えかた・生き方だから自由でいいんですよ。
デザイナーは深く追求していく役割で、アートディレクターはちょっと俯瞰して「こっちのほうがいいんじゃない」とアドバイスしていく。だから大事にすることを決める役割と、つくる人は分けたほうが効率的なんじゃないかなと思っていますね。
そのほうが効率的だし、本来皆さんは、そうされていると思いますよ。
こんな風にアートディレクションとは何か? って自分なりに考えたり友人と議論することが大事だなと思います。
僕の美大の同級生で、現在博報堂でアートディレクターをしている人がいるのですが、彼とは大学時代こういう議論をたくさんしました。「デザインとアートの違いとは?」とか「プロとアマチュアの違いとは?」とかね。
草野さんにとって、プロとアマの違いは何ですか?
捉え方と角度で変わると思うのですが、そうだな…。前田さんは、ギターは弾けますか?
弾けないですね。
イラストは描けますか。
はい、描けますし、個人事業主の頃はイラストのお仕事もしていました。
それで利益を得たことは?
少しあります。
であれば、もうプロですね。どんなに好きでも、下手だったらお金になりません。僕は写真を撮るのが好きなので、写真の依頼がきたら、プロだと思っています。
価値を認めてお金をもらった時点で、その人はプロ。
なんだけれどでも、そこはあくまでも、趣味とアマチュアとプロの違いがあって、責任を持ってアートディレクションできることがプロだと思いますね。
アマチュアは、相手の話が聞けなかったり、社会とつながりを考えられなかったりする人。アマチュアは自分のことで精一杯ですから。
なるほど。今の話で言うと、もう一つ議論したくなったのですが、実は僕、20代の頃は「アートディレクション」を志として使っていたんですよ。
志?
「アートディレクターになりたい」と思うことで、行動も変わっていったんです。ニューヨーク・アートディレクターズ・クラブにも応募して賞を取りたいと思いましたし、そうすることで、ちょっと意識が高くなりましたね。
いいことですね、目的ができるのは。
任天堂では、アートディレクションをしていたわけではありません。そういう役職もなかったので。だから先程のプロかアマかのお話で言えば、厳密に言うと会社からアートディレクターとして仕事を依頼されていたわけではないんですよね。でも自分ではアートディレクションをやると決めて、全部の仕事をやっていました。
任天堂を辞めてからは「世界一のアートディレクター」と思うようにした。自分の行動を変える「志」として使っていました。
なるほど。前田さんは、アートディレクションを身に付けたいと思ってきたということですね。
そうですね。僕の生き方としては会社に依存したくないというのはずっとあったので、ネットバブルだった頃、流行っていたFlashを勉強したんです。でも僕が思うクオリティにはならない。ああこれは無理だなって。
だからアートディレクションをやって、そういうのは得意な人にやってもらおうと決めたんですよ。
アートディレクションがあれば、時代が変わってもデザインできると?
そうです。
それは僕も思っていますね。コロナになって、実感しました。環境変化に対応できてこそ、機能する職業。
僕はテクノロジーだけだと思っていたんですけど、コロナによって環境も変わりましたよね。
環境は既にコロナと生きる世界線。これまでの常識が通用しない場面では「ああ、どうしよう」と思ったんです。うちもコロナ当初の利益率は、2割減でしたから。
そうなんですか……。
赤字になって、どうすればいいのかなって思った時に、僕ができることは環境を整えることだと気づいたんです。とにかく未来を示さないと、活躍できる場を整えることが役割と。
それは前田さんと同様で、アートディレクションという技術……というか方法もしくは立場を使えば、時代が変わってもさまざまなものに媒介していけるんです。非常に感性があるポジションだなと思いましたね。
むしろもっと必要とされる気がするんですよ。
されますね。
テクノロジーとかも、ここにいる皆さんが20歳ぐらいだとしたら、20年後にはたぶん勝手にロゴも機械がやってくれるんじゃないですか。
今でも、Adobe Creative Cloud Expressを使えば、ロゴをきれいに整地してくれる。そうなった時でもディレクションは残ると思いますね。
技術は溶けますからね。
溶ける?
絵画から写真、映像、オンラインになっていくのと同様に、どの時代も技術は変わっていくんです。表情とか、質感とか、使われ方とか、その体験がのっていないとアートディレクションはできないと思います。
なるほど。
例えば、不適切なカーニングやズレに対して「問題ではありません」という判断はありえないと思いませんか?
汚いことも気付いていないし、きれいになってもすぐ気付いてないみたいな。
そう。気付いた上で判断するというのがアートディレクションです。
本質を見抜いて全体を見通すことは重要ですが、手元を見ることも大切です。実装や展開したその先まで想像できたらベターですね。
アートディレクションには、視力の良さも大切だと思います。
良いもの悪いものを見る力が、僕は大事だなと思っていて。それは目で見るんじゃなくて、膨大に感じるしかないんですけど。
なるほど。
ちなみに草野さんは、アートディレクション力を鍛えるために、必要なことは何だと思いますか。
カルチャーに浸ることかと思います。身銭を切り、時間も溶かすから鍛えられる。
それは漫画やゲームを買うとか?
そうです! カフェに行く、おしゃれをする、友達とカンファレンスでお話を聞きにいく、なんでもいいと思うんです。
カルチャーに触れて、調べて、考えて、お金と時間を使っていく。そうするとどんどん解像度が上がっていく。
どっぷりですね。
どっぷりです。そのほうが後で持ち帰るのが多い。ランキングを見ないことから始めるといいと思います。
はやりを追いかけるのではなく。
他者の評価評定の餌食になると、自分の評価評定ができなくなりますからね。自分の目を持てなくなる。
草野さんにとってのカルチャーは、ゲームでしたか。
ゲームは重要です。前田さんは、どう自分を育てているんですか?
自分がいいなと思ったものをインプットしていくしかないと思っていて。スマブラを上手くなりたかったから、やるしかないじゃないですか(笑)それと同じです。
それだと本屋に行ったら、全部本を読むっていう地獄みたいな話じゃないですか(笑)。でも実際に全部は読めないですよね、読むには方向がいる。インプットの種類の選別を、実は前田さんもしているんじゃないですか。
してるのかなぁ。例えば、ある有名なグラフィックデザイナーの本は、違うなと思い、最後まで読めなかったことはありますね。
その方自身は尊敬しているので、その方の考えが違うというのではないです。理解できないものを僕が読んでも仕方がないと感じたんです。
そういう意味では、選んでいるのかもしれません。
なるほど、わかりやすい。
自分にあったやり方を、たくさん読む中で会得していった感じですね。
なるほど。では、インプット方法はそれぞれだってことですね。
そうです。乱暴な回答になってしまってますが…(笑)。今日はアートディレクションについてお話ししてきたわけですが、草野さんの言うところの「美を整える」の「美」の意識が僕にはないんですよ。僕は美よりも企画寄りのデザイナーなので。
でもたとえばデザインのチェックバックしていると、「ここの文字を大きくした方がいいよ。ただ目立たせたいだけじゃなくて、雰囲気を大切にしようよ」と、やり取りをすることもあるじゃないですか。
ありますね。
美もやっているじゃないですか!! 企画だけじゃない(笑)。
やっているけど、(草野さんみたいに)自信ないっすよ。
僕だってないですよ。『勝てるデザイン』って言っておられるじゃないですか(笑)。
(笑)。
そうですね。それは僕のキャラクター上で言えてますが、いつも不安はありますよ。
それが前田さんの良さなんですよね。えい!と人を惹きつけて、「僕にも出来る」と思わせてくれる力があるんです。きっと前田さんは、そういうデザインが得意なんですよ。
たしかに、旗立てはめちゃくちゃ意識していますね。「こっちに行こうぜ!」とふると、わりと来てもらえる。
本質的なんですよ、それって。そうやって人が集まって、デザインが求められて仕事が発生するんだと思いますよ。
草野さんにそう言ってもらえると嬉しいです。僕は草野さんとこうしてお話しさせてもらうことでいつも考えをアップデートできるんです。今日もアートディレクションについて、ずいぶん考えが進化しました。ぜひ、またお話しさせてください。
今日は、ありがとうございました!!
こちらこそ、ありがとうございました!!ぜひまたお話ししましょう。
〈文=夏野久万(@natukumaco) / 編集=浜田綾(@hamadaaya914)/ バナーデザイン=小野幸裕(@yuttan_dn52)〉