あなたは、正しい性の知識を子どもたちに伝えられますか?

この問いかけに、どれだけの大人が「イエス」と答えられるでしょうか。確かに私たちは学校で性教育を受けました。しかし、その内容が「大人になってからも活かされている」と感じるシーンは少ないと考えられます。

性的な行為に同意する能力があると認められる年齢、“性的同意年齢” は13歳。それまでに受ける性教育は、体の仕組みや男女の差といった内容にとどまっている場合がほとんどです。

誰の未来も傷つけないために、13歳までに正しい性の知識を持ってほしい」という思いから、性教育をアップデートするボードゲーム「ジニー」の開発プロジェクトは始まりました。

性の知識は生きる上で非常に大切なものでありながら、公に語ることはタブー視されています。恥ずかしさや伝えづらさから、教えるのも教えられるのも抵抗を感じてしまう方が多いのが現状です。これまでの性教育に対する概念を無理やり変えるのではなく、誰もが手に取りやすく受け入れられるものにしなければ世の中に浸透しません。


「楽しく遊んでいるうちに気づいたら学んでいた」


そんな経験を積み重ねて、いつの間にか正しい知識を持ち、後悔しない未来を選択できる子どもを増やす。日本の性教育をアップデートする『ジニー』を、NASUが「勝てるデザイン」でサポートします。

前編となる本記事では、プロジェクトジニーの主要メンバーである4名が、プロジェクト立ち上げまでの経緯についてお話します。


プロジェクトジニー主要メンバーの自己紹介

「知らなかった」で後悔させない

岸畑:体に不安や問題を抱えていても、必要性を自覚して病院に来る方は少ないんです。With Midwifeのサービスにいただく相談でも、不正出血を放置してしまってガンが進行していたとか「年齢とともに妊娠できる力が落ちるなんて知らなかった」という声が多く寄せられます。

前田:実は、僕自身も妻と結婚してしばらく経った28〜29歳のときに、妊娠出産で苦労した経験があります。知らないことばかりでびっくりした。

岸畑:女性やパートナーが「知らなかった」で後悔しないために、性に関する知識、自分の体と未来を守るための知識を身につけてほしいとずっと思ってきました。これまでに女性向けのキャリアセミナーや、体のことを学ぶセミナーもしたんですが、あまり成果は出ていなくて。実際に問題に直面して困っている人、当事者以外は積極的に情報を拾いにいかないんですよね

前田:知らないとなかなか自分ごとにはできないね。僕も知識があれば早めに対策できていたと思うけど、無知だったから遠回りした。親戚に「子どもはまだか」なんて言われて焦ったり。知っていたら、そんな負担が軽減できたと思う。

岸畑:性に関する知識は自然と身につくものばかりではないですし、大人になって問題が表面化してからでは遅い場合もあります。それで子どものうちに性の知識を身につけておけたらと考えるようになりました。性的同意年齢である13歳になる前に、自分の身を守る方法と未来を選択する知識を持っておいてほしくて。

山本:僕も知らなかったことが多くて勉強になっています。ジニープロジェクトがなかったら前田さんの経験も聞けなかったですし。身近な人の話は「自分ごと」にするきっかけになると思いますが、繊細な問題なので聞く機会もあまりないですよね。

岸畑:どうすれば当事者意識を持ってもらえるのか悩んでいたときに、飛田さんのプレゼンで「ボードゲームがメディアになる」という言葉を聞いてビビッときて。すぐに連絡しました。

飛田:ボードゲームがメディアになるっていうのはずっと言ってきたことで、そこに共感して連絡をいただけたのはとても嬉しかったです。社会にとって必要な学びをアップデートする場面でボードゲームの力が求められているなら、もうやるしかないですよね。知るべき情報をきちんと伝えているはずなのに伝わっていない、この課題をボードゲームで解決しようと。お話を聞いてすぐに参画を決意しました。

岸畑:ボードゲームを作ると決まって、次は「性の知識を抵抗なく学べるデザイン」ができるデザイナーさんを探し始めました。ただの教育コンテンツにしないためにはデザインがとても重要なんですが、私の考える世界観を実現できる方がなかなか見つからなくて。

そんな中で飛田さんから前田さんの名前が上がったんです。以前から前田さんのことは知っていて、すごい方だと思っていました。名前が上がったときは「あの前田さん!?」って感じでしたね。少し恐れ多い気持ちはあったけれど「もうこれは絶対前田さんにお願いしたい!」と思って、飛田さん経由で連絡させていただきました。

飛田:それから結構すぐに時間を作っていただけて、前田さんを交えてお話して。

岸本:本当にいいの?ってくらい、何をお願いしても前田さんが「ええよ〜」って引き受けてくださるので、逆に不安になりました(笑)。

飛田:本当に引き受けてくれるのか、メッセンジャーグループで何回も確認してましたよね(笑)。

岸畑:1年くらい前からずっと、性教育を広めるための方法をずっと考えていたんです。マンガや絵本、ドラマとか…いろいろ考えても形に至らなくて。それがこんなに急に動いたのは、社会が「今だ」って背中を押してくれていると感じました。

山本:今年の3月末から動き出して今。急ピッチで進みましたよね。

前田:このタイミングだったんだね。


高校生では遅い!性教育の「壁」を打ち破る

前田:最初の打ち合わせの段階では「性的同意年齢に達する前の、13歳以下の子ども向け」と聞いていたけど、2週間ぐらい経って打ち合わせしたら「中学生・高校生に向けて提供予定」に変わってたんだよね。今の教育現場では受け入れてもらえないってことで。

岸畑:2週間の間に教育現場や医療者からたくさんの意見をいただいて、性教育を推進する難しさを痛感しました。日本の教育現場では「はどめ規定」と呼ばれるものがあって、性の知識に限らず「教えていいのはここまで」というラインがあるんです。性教育の必要性は現場でも感じているけれど、私たちが13歳以下に伝えたい内容は受け入れてもらえない。もう中高生向けにするしかないのかなって諦めかけてしまって。

前田:中高生向けにボードゲームを作っても、性教育はアップデートできないよね。ただの性教育だったら、もう世の中にあるから。「世の中を変えようと思うなら、もともと考えていた13歳以下にこだわろう」と軌道修正しました。

岸畑:13歳の壁を越えたい理由のひとつに過去の実体験があります。私は17歳のときに、高校の先生に性交渉を求められるという事件にまきこまれてしまったんです。幸い未遂でしたが、警察官にも裁判官にも「抵抗はしたか」「同意はしていないか」と何度も聞かれて辛い思いをしました。そのときに初めて、自分が性的同意年齢に達していたことを知ったんです。

「性交渉に対して、イエスかノーを示す力と責任がある」と法的に定められた年齢になってから、無自覚のまま4年も経過していました。高校生で知識を持つのでは遅いんです。身の守り方も、もしもの時の証拠の残し方も、自分にどんな責任があるかも、13歳までに知っておく必要があります。17歳の私のように「知らなかった」で後悔したり、傷ついたりしてほしくないんです。その思いがジニープロジェクトを始めたきっかけなので、やっぱり13歳以下にこだわろうと考え直しました。

前田:今までにあるようなものを作っても意味がないけど、世の中に受け入れてもらえないと普及しない。そこのバランスは難しいよね。

岸畑:そうなんです。リアルで直接的な表現を使うと中高生向けになってしまうし、現状の性教育に合わせるとプライベートゾーンまでしか教えてあげられません。それでは必要な知識が伝えられないってところでかなり悩みました。

前田:それで「今ある性教育をベースにするのはどうしても限界があるから、ゼロから作ろう」と僕から提案しました。

山本:「やっぱり中高生向けにする」って話になったとき、それって本当にやりたいことなのかな?とは思いました。僕らはボードゲームで形にすることはできるけど、本当にそれでいいのかなって。前田さんが入ることで、今の性教育にとらわれずにゼロから作るってところに落ち着けてよかったです。

岸畑:そこからゼロをどう作るか意見を出し合っていく中で、飛田さんが「メタファー(比喩)的にゲームを作るのはどうか」と提案してくれたんです。

飛田:とある体験をゲームでしてもらって、あとから「その事象には本当はこういう意味があったんだよ」という形で知識をつける方法があるんじゃないかっていう提案ですね。

前田:いかにもな性教育ゲームではなく、魔法とか剣とかの世界で遊んでいるゲームが、実は性教育の知識を身につけられる仕組みになっている。これは本当にいい提案でした。ここから一気に開発が進んだ。

岸畑:こんなの違う、このままでは私が考えている性教育を実現できない!って思いながらも言語化できなくて、諦めかけていたんです。でも「ゼロから」と「比喩表現」という、ふたつのアイデアのおかげで「これなら13歳以下に向けた性教育ボードゲームが作れるかも」と思わせていただきました。思いを形にできるクリエイティブって本当にすごいですね。感動しました。


性衝動は本能。否定せず付き合い方を教える

前田:どうでもいいと思ってるわけじゃないけど、性について子どもにどう教えたらいいのかわからないとか、自然に知るだろうと思っている親は多いと思うんだよね。

岸畑:そういうご家庭は多いと思います。子どもが性の知識を得るのは、学校での性教育や家庭での対話、友達との交流、ネットなどのメディアからと大体4パターンあるんですが、その中で子どもが安心して学べる場は学校か家庭ですよね。

学校の性教育も頑張ってレベルアップしようとはしていますが、はどめ規定もあり、なかなか難しいのが現状です。改定を待つ間に、子どもが間違った知識を持ってしまうかもしれません。大切なお子さまが「知らなかった」で傷ついてしまう前に、ご家庭で適切なリビング性教育をしてほしいです。

前田:リビング性教育は初めて聞いたな。

岸畑:最近生まれた造語で、家庭での性教育のことです。このボードゲームはまさにリビング性教育に役立つと思います!今までのリビング性教育では、絵本くらいしか選択肢がないですよね。あからさまに男の子と女の子の裸の絵があったりするような「THE・性教育の本」で学ぶと「性=恥ずかしいもの」として植えつけられてしまう可能性があります。

前田:昔はメディアも、性についてもっとオープンだった。それをフタしていって情報を遮断したのに、性教育の方法は変わらないまま今日まで来てしまった感じだよね。

岸畑:性に対して知りたいとか快楽を得たいと感じる “性衝動” は人間の本能です。子孫を残していくために興味を持つわけで、恥ずかしいことでもなんでもなくて、ごく自然なこと。お子さまにそういった兆候が見えたときに、否定したり嫌悪感を抱いたりせずに正しい知識でサポートしてあげてほしいです。

1957年にアメリカで、少女が13歳まで父親に監禁されていた事件が発覚したんですが、幼児椅子に縛りつけられて言葉も教えられずに育った中で、自慰行為だけは身につけていました。それだけ無の状態でも本能的に追い求めるのが性であって、だからこそ科学的な知識をつけて正しく付き合っていけるようにしてあげたい。

実はその少女の名前(仮名)がジーニーなんです。ボードゲームのタイトルを『ジニー』にしようと決めて調べていく中で見つけた事例で、運命的なものを感じました。


『ジニー』を性教育の代名詞にする

制作途中なので、キャラクターを含むデザインは今後変更される可能性があります。

岸畑:ジニーの由来は、私が大好きなディズニーアニメ『アラジン』に登場するランプの魔神「ジーニー」です。ランプをこするとジーニーが出てきて3つの願いを叶えてくれますが、実はなんでも叶えてくれるわけではありません。よみがえりの魔法や恋愛成就の魔法など、叶えられない5つの魔法があるんです。そこがすごくいいなと思っていて。私が性教育で伝えたいことにも通じているので、ボードゲームの名前をジニーにしようと思いつきました。

あなたの傷を変わってあげられないし、時間も戻してあげられない。体を若いまま止められないし、失った命も戻せない。ずっとあなたを守り続けることもできません。でもジーニーの魔法のように、正しい性の知識、避妊具やワクチンなどの身を守るアイテム、心を守る愛は与えられると思ったんです。

性教育をもっとカジュアルに、親しみやすくするために『ジニー』という言葉を育てていきます。

前田:タイトルがあからさまだと、それだけでとっつきにくい感じになってしまうよね。ただでさえ性教育は恥ずかしいとか難しいと思われているし、タブー視されているから。

岸畑:多くの方が性教育に感じている「とっつきにくさ」を取り払うには、簡単に連想できるタイトルや表現では意味がないんですよね。性教育は恥ずかしいことじゃない、誰にとっても重要なことだってわかってもらうためには、まず遊んでもらうしかない。遊んでもらうためには、誰でも受け入れやすくて手に取りやすいタイトルにする必要がありました。

ジニーが浸透して「直接的な言葉を使わなくても性教育を学べる」という概念が根づいて、『ジニー』が性教育の代名詞として使われるようになったら嬉しいですね。性教育の本はジニーブックス、性教育のゲームはジニーゲームみたいに。性教育が特別なものじゃない世の中にするために、ジニープロジェクトをひとりでも多くの方に知っていただきたいです。

具体的なゲーム内容の解説、ジニーのための「勝てるデザイン」については、後編の記事にてお届けします。



ジニーのクラウドファンディング は、こちらから。



〈文=成澤綾子(@ayk_031)/  取材・編集=浜田綾(@hamadaaya914)/ 撮影=吉田早耶香(@_re44)バナーデザイン=小野幸裕(@yuttan_dn52)〉