ロゴデザインの発注、特に公的機関のものに100万円以上の費用をかけてロゴを作っていると報じられたとき「もったいない」とか「税金の無駄遣いである」などという批判がしばしば目に入ります。

筆者は元々クリエイティブ業界にいなかったし、ロゴの制作プロセスのことも以前は全く知りませんでした。その立場であれば、私も100万円以上もするなんて……!と言っていたかもしれません。

しかし、今は違います。デザインを作るために、どれだけのプロセスを経ているかを知り、それを発信する立場になったからです。制作の裏側をもっと知って欲しいし、長く使えて、どの用途でも使えるロゴを作りたいのであれば、全く高くないと思います。

つまり「ロゴが〇〇万円もするなんて!」の批判の本質は、立ち位置の違いとロゴ制作にかかるプロセスが知られていないことに起因しているのではないでしょうか?

ロゴデザインは本来長く使うことが多く、また印刷物やグッズ、WEBなどあらゆる用途で使用されます。ですから、長い期間どの用途で使用してもいい見え方になるように緻密な「調整」に多くの時間を割いています。しかしながら、この調整の部分がフィーチャーされることはあまりありません。

この記事では、長く使うことができて、あらゆる用途で使っても最適な見え方となるロゴを作ることの重要性について、東海制作さんのロゴに着目して書いてみます。

ロゴの「リニューアル」ではなく「リファイン」

映像・写真の制作会社である、株式会社 東海制作さんより、ロゴのリファインを依頼を受けました。

「リファイン」は、「リニューアル」とは全く違います。リニューアルは、新しくロゴを作り直すことですが、今回のリファインは、今あるロゴを洗練させて調整することです。

ロゴのリファイン、他社事例

ロゴのリファイン事例は他社でもあります。SONYでは、四文字の塊がバランスよく見えるように何度も調整し、納得するスタイルに落ち着いたのは、最初の創業ロゴから数えて6番目、1973年のことだったと、公式ホームページに書かれています。

また、Eコマースプラットフォームの「BASE」では、創業から8年が経緯した段階で、ロゴのリファインを行ったようです。理由は、ウェブ以外のメディアでBASEのサービスを紹介されることが増え、いろいろなシーンを想定したときに、ネット以外の媒体でも視認性が高いロゴにするためだったとか。

これらの事例からわかるように、今のロゴ自体は気に入っているから変えたくない。しかしながら、会社の成長フェーズに合わせてロゴの使われる用途が広がることで、もっといい見え方を検討する際にリファインを選択することが多い印象です。

東海制作さんのロゴのリファインの経緯

東海制作さんからの依頼の経緯も同じでした。

今のロゴは私と、前の会社の先輩の二人で作りました。四角く並べても横に並べても成立する物を目指してみました。このロゴ自体は気に入っています。しかし、バランスが気になります。具体的には、少しチグハグな感じを受けるのと16:9の映画の画面に表示された時のサイズ感含めてご相談したいと思っておりました。

気になる点をまとめたメモもいただきました。

映画のエンドロールで流れるようなロゴ、確かに存在感のあるロゴです。しかしながら、依頼の時におっしゃっていたのは、ロゴのバランスの悪さと、最適な大きさについて。これは、ロゴを作る時点での検証が十分でないと起こりうる事例です。

作ったロゴを気に入っているが、なんか違和感がある。あるいは、グッズにした時の見え方が気になる。こういうことをなくすためにNASUでは、細かな検証を重ねています。

東海制作のロゴのリファイン

通常NASUでは、ロゴのリファインのみを受ることはありません。しかし、こういう事例を会社として受けたことがないので、挑戦としてお受けすることになりました。

新しい試みなので、ロゴの届け方も新しく。というわけで、オンラインコミュニティ前田デザイン室メンバーと挑戦した、「鬼フィードバック」の中の取り組みとして、メンバーのMaru.さんがロゴのリファインに挑戦されました。


あえて全ての可能性を試す

ご依頼を受けたのは、現状のロゴを活かしてよくしたいとのことでした。しかしながら、もしかするとそうじゃない方がよくなる可能性があるかもしれない。そう考えた結果、現在の案から離れたロゴ案も考えてみました。Maru.さんには、あえて現在のロゴとは違う方向性の案も考えてもらいました。

このように依頼内容にはないものや、作る前から良くならない可能性が見えている案も「あえて」試します。全ては、たった一つの最適な案に辿り着くためです。

その結果、やはり現在のロゴを活かした案で進めることが決まりました。詳しい様子は、書籍『鬼フィードバック』のAmazon特典に収録されているので、そちらに譲りますが151案あまりの案を試行錯誤しました。

このやりとりを通して、おおよそのバランス調整ができました。

ルールを作る

Maru.さんのロゴ調整の後に、NASUでも調整を続けました。東海制作さんに現状を報告したところ、以下の点についてコメントをいただいたからです。

このご指摘を元に、「海」と「作」の文字を調整しました。

また、前田さんからの提案で、ロゴを全体的に平体(平たく)をかけることも試しました。理由としては、東海制作のうち「制作」の文字が漢字の成り立ち上、重心が上にあるので、それを他の文字にあわせるための検証です。検証の結果、平体をかけることになりました。では、何%が最適なのか?この検証も行いました。

「揺るぎない固いデザイン」へ

「海」「作」の文字の調整と平体をかけてバランスをよくすることで、文字のルールの方針が決まりました。

ただ、今回のポイントは数ミリ単位のロゴのリファインなので、さらに調整を続けます。ルールに当てはめると微妙に合わない箇所があるので、調整します。

いいデザインとは、感覚やひらめきではありません。(もちろんアイデア段階ではその要素も含んでいますが)形ができてからは「こうすればもっとよくなるのでは?」の可能性をあらゆる角度で試した数によって決まります。試行錯誤の数と方向性が多ければ多い程、たった一つの答えがゆるぎないものになるからです。このことを代表の前田さんは「揺るぎない固いデザイン」と呼んでいます。

固いデザインにするためにはこの線は〜より少し細いというような曖昧まものではなく、もっと揺るぎないものにしたほうがいい。ということで、線の長さを数値まで厳密に定めました。

下の図は、一番太い線のDを基準にすると、他の線はどの太さにするか? を定めています。

この結果、全ての文字のルールが数値化された固いデザインになりました。

ご依頼いただく前のものと比較してみましょう。元のロゴデザインの良さを活かしつつ、長く、いろんなシーンでよく見えるものに進化しました。


ポスターを制作

揺るぎない固いデザインにする検証を行っているとき、東海制作さんから「ロゴのポスターを作りたい」とお声がけいただきました。

元々のロゴに思い入れが強かったので、今回リファインという方法を選択された東海制作さん。また、このロゴを大事にしたいので、ポスターにしたいとのこと。

ポスターのイメージは設計図です。固いデザインにするための検証のこだわりを可視化することができました。



ロゴデザインは長く使うものだからこそ、先を見据える

どの会社もサービスも、開始時は資金も人でも十分ではない場合がほとんどです。あるいは、自分たちの想いをしっかりと反映したいから、自分たちの手でロゴデザインを作りたいという方もいらっしゃるでしょう。もちろんそれ自体は素晴らしいことです。

一方で、この記事でお伝えした通り、ロゴとは長く使うもの。あらゆる用途で最適な見え方をするためには、緻密な調整を重ねる必要があります。この調整部分は、プロのグラフィックデザイナーでないと難しいでしょう。

NASUでは、お客様の想いを汲み取ったデザインをすることはもちろん、目的や使用用途に応じて最適な見せ方ができるよう、とにかく検証を重ねて固いデザインにしています。

ロゴの調整・リファインだけのご依頼は原則受け付けておりませんが、ロゴの作り方、使い方で何かご相談がある場合は、こちらまでお気軽にお問い合わせください。


〈企画・文=浜田綾(@hamadaaya914)/バナーデザイン・画像制作=久本晴佳(@hi_sa_ko__)〉