2024年7月18日、前田さんの新著『愛されるデザイン』(幻冬舎)が発売となりました。

前田高志の新刊『愛されるデザイン』

そこから、遡ること約2ヶ月前のこと。『愛されるデザイン』の追加原稿のため音声を届けるメディア・Voicyの「ちょっとデザインが好きになる話」にて、公開取材を行いました。

すでにひと通りの章は書き終えていたものの、「クリエイティブジャンプの話を追加したい!」と前田さんたっての希望で、急遽行われたこの取材。

結果的に、非常に濃ゆい内容の取材になったものの、その内容すべてを『愛されるデザイン』に収録するにはボリューミーすぎました。

そこで、この記事では、著者前田さんと、本書ブックライターのNASU浜田さんの取材を対談形式で再現し、『愛されるデザイン』の理解を深める裏話として、みなさんにお届けします。



こんな方にオススメです!

✅課題解決はしているけど、もっと面白いデザインをしたい(依頼したい)
✅前田高志の思考を通して、クリエイティブなアイデアが生まれる方法を知りたい
✅『愛されるデザイン』の理解を深めたい




左脳だけでも、右脳だけでもダメ


浜田:今回は『愛されるデザイン』の追加原稿として前田さんのアイデアが飛躍している時の考え方、いわゆる“クリエイティブジャンプの作り方”について、お聞きしたいです。


前田:確かに、最近になって「なぜ、このアウトプットにたどり着いたの?」と訊かれることが増えてきたかな。僕の中では、突拍子もないアイデアを発想している感覚はなくて、ごく単純に考えを突き詰めた結果、出てきたアウトプットだとは思ってるんだけど。


とくに左脳的な思考が強い人にとっては、「なんで、こうなったんだろう」というのは感じやすいのかもしれない。


デザインに関して言うと、正しいことや真面目なことって、それだけ追求しても平均点のようなものにしかならないと思うんだよね。75点は取れるけど、それ以上の高得点は難しいみたいな。だからつまらなくなる。


でも逆に論理を度外視で、圧倒的に魅力的な写真と言葉を入れたら、そのほうが成果が出たりする。論理的な思考と魅力を作り出す思考、そのバランスは普段から考えていると思う。これは、僕、そしてNASUが得意としていることだよね。


浜田:『愛されるデザイン』も、まさにそれをひもとく構成にしていますよね。最初は私も、前田さんの遊び心とかユニークさ、茶目っけみたいな部分が肝だと思って、右脳が強いのかと思っていたんです。それで「右脳を使う、みたいな本作りましょう!」という話をしたんですけど、前田さんの話を聞いていくほどに「あれ、違うな」って思って。


前田さんは、左脳で論理的に本質を捉えた上で、右脳でのクリエイティブジャンプをしている、という感じがしたんですよ。だから、人の心に刺さりやすいのかなって。


前田:僕がアーティストや作家で、その作家性に対して依頼をしてきてくれているのであれば、右脳だけで、直感的な選択をするのは全然いいと思う。だけど、僕はデザイナーだから、しかるべき理由をもって、直感的にも論理的にもクライアントにいいものを提供したい。だから、左脳も右脳も両方使ってると思う。


自分の直感って、つまりは主観じゃない? 自分の主観だけを判断軸にして、クライアントの事業の責任は負えないんだよね。


浜田:その考え方が、「左脳だけ」「右脳だけ」という決め方ではなくて、両方を使って納得できるようなものを決める、ということに繋がるんですね。



依頼されてないことも勝手に考える


浜田:ここで先日、前田さんがデザインしたパナソニックさんのチアホン(CHEERPHONE)というサービスのロゴデザインを事例に、前田さんがどんなふうにクリエイティブジャンプを生み出しているのかを、ひもといていきたいと思います。


まず、最終的なロゴデザインがこちらです。


浜田:流れとしては、デザインの前にまず「プロジェクトの再定義」をしてましたよね?


前田:そう、「認知爆発」という言葉を使ったと思う。いきなり、「ロゴのプロジェクトで『認知爆発』ってなんやねん」と思う方も多いかもしれないけど。このちょっとの差が大きい。


浜田:なんで、それがプロジェクトの再定義になるのか、ですよね。


前田:実際、チアホンというサービス自体は前々から知っていたんだよね。今はライブエンターテインメントを楽しむための音声コンテンツになっているんだけど、ローンチ当初は「スポーツ選手に自宅から声援を送れる」っていうサービスだった。


当然、「途中でサービス内容が変わったから、ロゴも変えるべき」なんだけど、“ただロゴを変えただけ”というのは嫌だった。だから「ロゴを変えることで何を起こすのか」を定義したんだよね。


浜田:それを、NASUでも使っている『本質ブレないシート』の真ん中「プロジェクト名」という欄に書いてましたよね。


前田:そうそう。ここがまず“第一のポイント”っぽいかな。「本質ブレないシート」(『愛されるデザイン』の特典としてダウンロードできます。)は、NASU社内でも一番定着しているツールです。


ロゴデザインのプロジェクトだけど、「チアホンのロゴデザインプロジェクト」みたいな機械的に名前をつけるんじゃなくて……、

僕はそれを「認知爆発のプロジェクト」に置き換えてる。それって、つまりゴールのことだと思ってて。


『勝てるデザイン』を出版したとき、コルクの佐渡島さんも言ってくれてたんだけど、「前田さんは、最初に『何に勝つのか』を決めるよね」って言われたの。


浜田:確かに。前田さんと一緒にプロジェクトをしていて、相談しにいくと大体「なんのためにやってるんだっけ?」って返ってきますもんね。


前田そこがモヤっとしてると、何も決まっていかないんだよね。打ち合わせもそうじゃない? 「この会は、こういう目的で開催します」って最初に決めたほうが、効率的になることが多い。


チアホンのプロジェクトも同じ。綾さんは見てると思うけど、めちゃくちゃロゴ案を作った結果、最終的に二つの案がクライアントに選ばれたじゃない?


浜田:今ちょうど、見てました。これですね。


前田:このロゴもマークとして使いやすいし、アイデンティティもあって、誇りも感じる。これがロゴデザインのセオリーとしては正しい。最初は映画のエンドロールに出てくる、「DOLBY DIGITAL」のロゴみたいなものがいいのかな?と仮説を立てていた。

実際、スポーツ観戦のたびにこのロゴを見かけて、単純に接触回数が増えていけば、いつかは「これ、チアホンなんだ!」ってなってもらえると思う。


浜田:確かに。DOLBY DIGITALのロゴはまさしくそういう認知の広がり方ですね。


前田:じわじわとだけど、確実に広がっていく感じ。でも、「認知爆発」を軸に考えると、その広がり方だと遅いんだよね。莫大な予算を使って長年かけて認知を広げるならこっちでもいいけど、新規事業ということも考えるとね。


……っていうのを、勝手に考えた。


浜田:え、クライアントから「これは新規事業だから」って言われたんじゃないんですか?!


前田:全然言われてなくて、勝手に考えてる!


「この勝手にやる」っていうのも、結構ポイントかも。勝手に、クライアントのプロジェクトチームの一員になって、考える。


クライアント側はまったく知らないし、知ったら「前田さん、ロゴ頼んだだけなのに、余計なことやってる」って思われるかもしれないなぁ(笑)。



価値の本質を「認知爆発」へと繋げる


浜田:ここまでの話をまとめると、最初に「認知爆発」というプロジェクトの定義をして、それを推進させるためのロゴやビジュアルを作る、という考え方なんですかね?


前田:そう。「このプロジェクトは、何において勝つのか」を作って、それを徹底的にやり抜くのを、根幹にする。


チアホンの場合、「認知爆発」がプロジェクトの背骨で、最終的に決まったロゴを作るときに考えたのはチアホンの興奮や、楽しさだった。でも、それって「体験をしてもらわないと伝わらない」ものだとも思った。体験した人だけが、ライブをさらに楽しめる。


そこにチアホンの「価値の本質」があるんじゃないか、って。


浜田:その価値の本質って、クライアントからのヒアリングで見えてくるものなんですか?


前田:いや、自分で考えてる。


というのも「認知爆発」を起こすための手段を考えたときに、ロゴを見た瞬間に「やってみたい!」と思わせないといけないと思ったんだよね。


例えば、WiiやVRゴーグルを初めて見たときって、すごく楽しそうでめちゃくちゃやりたくなった人が多いと思う。それと同じように「やってみたくならざるを得ない」、つまり「めっちゃ楽しそう!やりたい!」みたいな状況を作るためにはどうしたらいいのか。


目が驚いてて、耳があってというロゴができてくる。


で、「人がいる写真を付けたらもっと面白くなるんじゃない?」と思って、写真を付けてみた。


「こっちのが面白くなるんじゃない?」も、結構ポイントだね。ふつう、ロゴをこんな使い方しないもんね。


浜田:そうですね。ロゴを装着してる、みたいな。『愛されるデザイン』の中でも、使い方によって見え方が変わる“可変ロゴ”の話はされてますよね。


前田:チアホンでは、あえて“ちょっとした違和感”も感じてもらえるように作った。それぐらいしないと伝わらないし、広がっていかないかなと思って。


いつもこういうデザインをするわけじゃないけど、ベンチャーとか、新規事業とか、スピード感が必要なものだと、あえて違和感をつくって提案することもあるね。


浜田:確かに。それはやっぱり「新規事業でこれから大きく広げていきたいときには有効」という性質があるんですかね?


前田:そうなんだけど、クライアントからしたら面倒くさいと思うだろうなぁ(笑)。



ドリーマーであれ!


浜田:チアホンの場合でいうと、前田さんのクリエイティブジャンプの秘密は、やっぱり最初の「認知爆発」にあると思うんですよ。今回は、クライアントから「認知を広げるロゴにしたい」という話もあったんですよね?


前田:いや、「認知を広げたい」とは言われてないんだよね、NASUには。


浜田:じゃあ、なんで「認知爆発」になるんですか?


前田:そうしたほうがいいと思ったから!


新規事業だと、いつまで予算が出るかなんてわからないじゃん。だからこのロゴで「認知爆発」できたら、その方が喜んでもらえるし幸せだろうなって。


僕自身がそういう経験があるから、相手を自分に置き換えて作ってるのかも。


浜田:うーん……聞いたら「なるほど」とはなるんですけど、「どうやったらその考え方ができるようになるのか」も知りたいんですよね。


前田そこは相手に憑依して考える。チアホンの場合も、最初は「前田さんが考えて、しっくりくるいいロゴがあったらそれにしたい」という依頼で、僕の作家性に期待して依頼してくれた案件だった。


だけど僕はデザイナーで、いままでそういう作り方をしてきてないから、やっぱり論理的な左脳で考える部分も絶対、必要なんだよね。


それに、もしその「いい感じのロゴ作ってください」という依頼をそのままやっていたら、依頼以内になっちゃうじゃん。


浜田:頼まれたからやる、みたいな。


前田:そう。だから相手がどうなったら幸せなのか。どうなったら“勝ち”なのか。ポイントは固定観念や制限にとらわれないこと。


もしかしたら、幸せや喜びよりも、“夢”のほうが近いかも。ドリーム!


デザイナーは、ドリーマーじゃないと!課題は解決しているけど、平凡なデザインになるのは、デザインに夢がないからだと思う。


浜田:確かに前田さんは、普通なら「あはは、無理でしょ!」と言ってしまうようなことも、わりと本気で言いますよね。例えば……、木村拓哉さんと共演するとか(笑)。

「こんなこと言ったら笑われるかも」っていうのを、むしろ発信して実現している気がする。その夢を、相手目線でも考えられるか、ということですね。


前田:そうそう。だって本当に僕がいつかキムタクと共演する日が来るかもしれないじゃない。

とはいえ夢も、遠すぎたらダメで「このサービスを世界中に広げたい!」みたいな中二病的な妄想だと、実現できなくなっちゃう。仕事にならない。というか、何をしたらいいかわからなくなる。そんなの本末転倒じゃないですか。

だから夢の選び方には注意が必要なんです。

「現実的で妥協しない、本質的な理想のラインはここ!」みたいな。夢とビジネスのラインを見極めてプロジェクトを定義するのが、NASUでは大事にしていることで、その辺は企業秘密です。

それともうひとつ大事なことがあります。夢が入ったプロジェクトをアウトプットに落とし込むのがなかなか難しいようです。夢の抽象度が高く広すぎると、何をすればいいかわからなくなるから、各々がおかしなことをやりだす。アウトプットもおかしなことになる。だから、ヘタしたら大ケガしかねないんです。

そうならないためには、いろんな条件を踏まえてのバランス感覚のある判断、何より造形力。すなわち、アートディレクションとデザインの基礎能力が必要になってきます。


チアホンだと、エンターテインメントのライブ配信のときには、絶対このロゴが目に入る。それこそ映画のDOLBY DIGITALのロゴのように。しかも、見かけたら「めちゃくちゃ楽しそう!やってみたい!」と思ってもらえる。


そういう夢を見ながら、僕は作ってた。NASUで受ける仕事では必ずそうしています。


「仕事で夢を見る」って、めっちゃいい言葉じゃない?


浜田:確かに。


前田:背骨さえ作ってしまえば、あとはそれをやり抜く力なんだよね。


『愛されるデザイン』では、それを「グリッド力」として伝えているけど、そのためにコンセプト、タグラインを作って、実際にロゴデザインがどんなふうにアウトプットされるのかも想定して……って、すべてが最初に定めた定義にひもづいてくるようになっていく。


浜田:つまり、プロジェクトの定義をつくるためには、強いドリームが必要なんですね。


前田:そう。プロジェクトの定義は、そのままドリーム。そのドリームが強くないと「認知爆発」にはならない。


言葉にもこだわりたいと思ってて、これが「認知拡大」だといかにもフツウで、ワクワクしない。「爆発」だから面白そうだし、スピード感も出るし、魅力があるんだよね。


でも、その定義ができたあとはそれに捉われず、とにかくたくさん作っていく。最初はもう、何も考えずに。それである程度、何案かに絞れてきた段階で、また「認知爆発」という言葉に立ち返ってみる。


複数案があると「どう決めたらいいのかわからない」っていうときがある。それが、定義してあると決められるようになるって感じ。そこからはコンセプト、ビジョンビジュアルを作って、実際のアウトプットを作って、決まる、と。


そんな流れかなぁ。



「一番いいのは何?」ドリームを作る思考習慣


前田:ここまでの話をまとめると、こんなイメージかな。


・相手に憑依して、固定観念、制限なくドリームを考える
・それを元にプロジェクトを再定義して、「このプロジェクトとは?」という背骨をつくる
・それができたら、一旦それを忘れてデザイン案をたくさん作る
・どのデザインに決めるかの判断材料として、プロジェクトの定義に立ち返る


浜田:で、そこでやっぱり大事になるのが多分「ドリーム」なんですよ。


前田さんは多分、ふだんの生活からそういう考えをする習慣とかクセみたいなものがあるからすぐできると思うんですけど、ふつうは「固定観念なく」とか「制限をせず」というのが、やっぱりすごく難しいと思うんです。


前田:そうかもしれない。この間も、「海外で展示会やって絵一枚、1億円で売る!」って、NASUのメンバー困惑させちゃってたもん(笑)。


でもそれ、僕は本当に行けると思ってて。


佐藤可士和さん、いるじゃない? 彼は国立美術館で展示をやったけど、若い時から「自分だけの個展を美術館でやる」って考えてたから過去の作品を綺麗に残してたんだって。


そういうのと、同じだと思う。


制限や固定観念を取っぱらってやり抜くと、実現できる。だけど、その“やり抜く”というのが、もしかすると自分に実力がないと自信が持てない、というのはあるかもしれない。


浜田:あると思います……うーん、でもそれって、夢が強ければ強いほど、実力が追いつこうとしてくることもあるってことですかね?


前田:あ、そうかも。それは僕もそうだった気がする。だからそのときは実力が追いついてなくても、難しそうなことを「自分ならいけるだろう」っていう感じで挑戦できる。乗り越える自分を信じてる、というか。


浜田:で、しかもデザインの仕事となると、それを自分の夢だけじゃなくて、相手の夢を想像する、っていうところですよね。習慣とかクセになっていないと、そういう思考ができないような気がします。


前田:うーん……いい意味で子供、童心なのかもしれない。事情とか背景とか結構、無視して考えるところがあるかも。


浜田:大人になればなるほど「こういう事情があって……」とか考えちゃいますもんね。


前田:でもさ、やってみないとわからないことはあるし、聞いてみたら案外大丈夫なこともあるじゃん。だから、すごい大事なのは「一番いいのは何か」を考えることなんだよね。


一番いいこと、いい方法を制限なく考える。例えば、一番おいしいもの食べたいし、いろいろな美味しいもの食べたいじゃん。ラーメン屋に行ったら味噌・塩・醤油の3種類があって、全部美味しそう。ふつうは1種類だけ、どれかに決めるじゃん? でも、そういうときは全部頼んじゃえばいいと思うんだよね。


浜田:確かに、前田さんはやりますよね。NASU社内の面談でもよく社員に、「一番いいと思うのって、何?」とか「一番やりたいことって何?」とか聞いている気がします。


前田:そうそう。「今、制限なくできるなら一番いいのは何?」って。


浜田:「一番いいの、何?」か。それなら、私みたいな人でも考えやすいかも。


前田:まず制限なく一番いいことを挙げてみて、選択肢を増やす。考えるうちに見えてきた、現実的なラインというのが、さっきもいった本質的なドリームになるんだと思う。


……というわけで、僕がやっているクリエイティブジャンプの秘密が、ここで明かされたような気がします。NASUで受けている仕事は全部こうやって作っています。だから愛されるデザインになるし、僕らと仕事するのが楽しいと言っていただけるクライアントさんが増えてきているんだと思います。


浜田:『愛されるデザイン』で書かれていることの、根本となるような話でした。ありがとうございました!



お知らせ:
課題解決にとどまらない、愛されるデザインはぜひNASUへ。
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そして、書籍『愛されるデザイン』は、全国の書店にて販売中です。詳しくは、『愛されるデザイン』の専用Webサイトをご覧ください。



〈 文=郡司 しう(@Ushi_Jinguu)/ 編集=浜田綾(@hamadaaya914)/ バナーデザイン=久本晴佳(@hi_sa_ko__)〉