経営におけるデザインの重要性とは。「コルクを理解し、デザインの本質を教えてくれたのがNASUだった」
「デザインって、単に色や形がいいとか、それだけじゃない。人の心や感情を動かすためには、すべての意図や行動が徹底的に設計されていないとダメで。そういう価値観を理解してデザインしてくれるのが、前田さんなんだと思います」
株式会社コルクの執行役員 長谷川 寛さんは、NASUとの仕事で感じたことをこう振り返ります。
ファンとクリエイターが直接つながるコミュニティの運営やイベント開催、グッズ制作など、常に新しいエンターテインメントの在り方を模索し続けるコルク。デザインの重要性について、どのように捉えているのでしょうか。またNASUとの取り組みで感じたことや、これから期待することについても話を伺いました。
デザインは、経営にどう貢献するのか。
前職のボストン・コンサルティング・グループで、大企業の事業評価や構造改革などを支援していたという長谷川さん。まずは日本企業の「デザイン」を取り巻く環境や、経営における役割についてご意見を伺いました。
───日本企業の「デザイン」を取り巻く環境をどのように見ていらっしゃいますか。
長谷川:これまで多くの大企業の経営会議に参加しましたが、大きな意思決定の際に「デザイン」はなかなか議論の俎上(そじょう)に載りません。クオリティ・コスト・納期などの具体的な改善が優先され、デザインはそのあとの話。大企業は、ロジカルに解決できる問題へのアプローチを優先する傾向があると感じています。
経営者はロジカルに問題解決できることを軸に意思決定をするため、経営においてデザインがそもそもどういう意味を持つのか、議論する機会自体が不足しているのかもしれません。
例えば会社をPRする冊子やサイトのデザインを変える、IR資料のデザインを凝ったものにする。「デザイン」に対して、そのぐらい漠然としたイメージしか持っていないということも考えられます。
───デザインは、経営においてどのような役割を持つのでしょうか。
長谷川:ロベルト・ベルガンティ教授の著書『突破するデザイン』の受け売りですが、「問題解決型のデザイン」と「意味のデザイン」という2つの視点から考えるとわかりやすいと思います。
多くの大企業がこれまでフォーカスしてきたのは、何らかの不便や不満を解決する「問題解決型のデザイン」。これに対し「意味のデザイン」は根源的なコンセプトを問い直すものです。ベルガンティ教授がTEDのプレゼンで言及していたローソクの例がめちゃくちゃわかりやすいのでまるっと引用させてください。
スマートフォンのライトもある中で、ローソクの“暗い空間を明るくする”という「問題解決のデザイン」としての機能は、もう意味をなしていない。それだけを作ってきた1830年創業の老舗は潰れてしまった。でも、ローソクの生産量は、この30年で3倍ぐらいに伸びている。どういうことか。
とある会社が、“火を見えなくするローソク”を作ったんです。瓶の中にローソクを立てて、それをラベルで包む。空間を明るくするという「問題解決」ではないく、部屋を暗くし、空間の居心地をより良いものにするローソク。ローソクに「新しい意味」が与えられ、市場が3倍に広がった。これが、意味のデザインなんです。
ユニクロは服に新しい価値を与えたし、AppleはiPhoneに「手のひらのパソコン」という意味を持たせた。意味のデザインは、企業の長期的な成長を後押しするだけでなく、新しい市場を切り拓きうるとすら思います。経営者は2つのデザインを理解し、両輪で経営を推し進めていくのが良いのではないでしょうか。
また、プロダクトの色や形というだけでなく、組織にもデザインは必要です。元任天堂の玉樹真一郎さんの著書『ついやってしまう体験のつくりかた』で語られている「つい」の設計はまさしく組織にも当てはまります。つい相談したくなっちゃうとか、つい動き出したくなっちゃうとか、行動の動線を設計して組織に落とし込むというのは、コルクでもトライしていることです。
「組織の設計も含めてデザインである」と、経営層がデザインに対しての考え方を拡張できるといいですよね。
人の心を動かす、感情を揺さぶるデザインを求めて。
「組織の設計を含めてデザイン」の言葉どおり、社内でデザインを根付かせるさまざまな取り組みを行っているコルク。クリエイターとファンのコミュニティデザインにも、強いこだわりを持っているといいます。社内の取り組みや大事にしていること、コミュニティデザインのポイントを伺いました。
───社内では、デザインに対しどのような投資を行っていますか。
長谷川:組織にデザインを根付かせるための取り組みはいろいろありますが、例えばカルチャーのデザインです。
カルチャーって、本当に浸透しているかどうか見えないものですよね。そこで、会社の組織状態を診断するwevoxというツールを活用し、毎月スコアを見ながら、シートに基づいてメンバーみんなで組織の状態について議論するんです。
その一連の体験のデザインがあれば、「つい」カルチャーについて議論する。議論が発生し、定点観測し、効果検証ができる。この流れが組織として定着するように、日々試行錯誤しています。
あとは、ヤラセみたいになってしまうんですが(笑)、前田さんにデザインのコンサルティングをお願いしていました。
デザインの重要性は理解していても、そもそも「デザインとは何か」ということを体系的に教えられる人が社内にはいなかったんですよね。そこで、前田さんに入っていただき、社内のデザイナーをマンツーマンで育成してもらいました。
教えていただいたことは、具体的に「どこをどう修正する」という話ではなく、そもそも論。デザイナーとしてのスタンス、考え方、デザインの根本を問い直すようなマインドセットです。
我々は問題解決型の企業ではありませんし、物語を届け、人の心を動かすために大事なのは「意味のデザイン」なんです。人の心や感情を動かすためには、すべての意図や行動が徹底的に設計されていないとダメで。そういう価値観を理解してくれるのが、前田さんなんだと思いましたね。
───デザインへ投資し、社内での変化はありましたか。
長谷川:デザインへの感度を高めることの重要性が、少しずつ社内に浸透してきているなと。
コルクでは、デザインへの感覚はデザイナー以外の人間も持っていなくちゃいけないと思っているんです。例えばグッズを開発している部隊が、クリエイターと直接やりとりをしながら、商品の企画やラフを書くこともありますし、マンガの表紙デザインを担当編集が切ることもあります。
そこで、前田さんから教えていただいている社内のデザイナーが、アートディレクター的な立ち位置で社内のアウトプットに対してフィードバックする。そのプロセスの中で、アウトプットがより良いものへと研ぎ澄まされていくし、次に繋がる知見・経験も蓄積されていきます。
───御社は、クリエイターとファンのコミュニティを作るなど、新しいコミュニティの形にチャレンジしていますね。コミュニティデザインにとって、重要なことは何でしょうか。
長谷川:まず基本的に「起きていることはすべて正しい」と捉えることが重要かなと。例えばコミュニティの中で何かをやってみた結果として、衝突が起きて、人が辞めたとする。でも、それ自体がチャレンジした結果であり、気づきと学びがあります。
また、ポジティブな意味で「クオリティを重視しない」ということ。クオリティを突き詰めるのか、その時代のコンセプトを拓く新しい概念の創出に向けて走るのかという2択がある場合、コルクは間違いなく後者を選びます。
新しいチャレンジなので、クオリティは最初からは高めようがない。なので、まずは世に出すことに注力しようと。「間違えたらなおして、よりいいものを出せばいいじゃん」というのは、コルク代表の佐渡島と私の共通認識ですね。出版して、もし売れ行きが悪かったらKindleの表紙替えちゃおうとか。そんなことを考えています。これは、既存の出版社ではできないことですし、新しいコミュニティならではの強さでもあると思います。
あとは、「水を交換する」という表現をよくしますね。コミュニティにおいては、常に自分の持っている何かを与えようとするマインドセットでお互い接するようにする。人と人の出会いが自分の起爆剤になり、新しい何かを生み出すからです。
実は私がコルクラボに入った当初は、つまらないからすぐに辞めようと思ったんです(笑)。私のなかに”誰かに何かを与えたい”というマインドがなくて、何かを得ることばかり考えるテイカーだったから、コミュニティの持つ魅力に気づけなかったんだと思うんですよね。
そういうテイカーな人ばかりいる空間は雰囲気も悪くなりがちなので、やはりお互いに、自然体でギバーであることが大事なんじゃないかなと思います。言うは易しで、行うは難しなんですけど(笑)。
「小手先のデザインは意味を持たない」NASUから学んだこと
2019年7月、コルクは新たに立ち上げたレーベル「コルクインディーズ(現コルクスタジオ)」のロゴ制作と、アートディレクションをNASUに依頼しました。NASUに仕事を依頼した経緯や、印象に残ったこと。これからのNASUに期待することについて伺いました。
───まず、NASUにデザインを依頼した経緯について教えてください。
長谷川:私がコルクに参画する前のことですが、前田さんがNewsPicks1周年のロゴをデザインされた後、箕輪さんが佐渡島に前田さんを紹介したと聞いています。
佐渡島は前田デザイン室が手掛けた「マエボン」のインディーズ的な売り方を非常に面白いと感じていたようで、コルクスタジオもマエボンの思想に大きく影響を受けています。「とにかく前田さんはすごいんだよ」と佐渡島はよく言っていましたね。
コルクに所属しているマンガ家 月本千景さんの『つきのもと』というマンガの表紙をお願いしたとき、「一発でこんなにも刺さる打ち出し方ができるデザイナーさんって他にいないよね!」という話をしていたことを鮮明に覚えています。
───NASUとの仕事で、印象に残っていることはありますか。
長谷川:前田さんはデザインを作る前に、とても緻密なインタビューをされるんだなと驚きました。
岸田奈美さんの「キナリ」のデザインコンサルティングをお願いしているのですが、岸田奈美というクリエイターの生きざまや大切にしている価値観、どういう思いで作品をクリエイトしているのかなど、ものすごく踏み込んだ内容を質問していて。コンセプトを切る上で、クリエイターをとても尊重しているというのが伝わりました。
クリエイターが何を考えているのか、誰に、何を伝えたいのかを傾聴するマインドが、他のデザイナーさんとは圧倒的に違います。
そしてクリエイターが持っているもの、同じく企業が持っているコンセプトをものすごく大事にしつつも、打ち出すときは絶対的に「コレでしょ!」という案を出してくれる。納得感があるし、すごく信頼できるアプローチです。
さらに、コピーやデザインが出来上がる際、誰にでも書きやすいとか、愛着がわきやすいとか、BtoC のマスの人たちに向けた視点が設計思想に折り込まれている。「なるほどなぁ」て、最後に思わず言っちゃうようなパッケージで、ロジカルに説明してくれます。
社内のデザイナーはもちろんですが、コルクに所属するクリエイターたちも前田さんに刺激をもらっています。デザインの本質は、形や色をちょっといじったとか、そういうことじゃないんだと。小手先のデザインは意味を持たないこと、コンセプトがデザインに与える強さを、様々な角度から教えてもらいましたね。
───最後に今後、NASUと一緒にやってみたいこと、期待することがあれば教えてください。
長谷川:実は2020年8月に、コルクインディーズからコルクスタジオに名称を変更しました。今、コルクではチーム戦でマンガを作り上げようと試行錯誤しています。ネームを描くクリエイターがいたり、ペン入れやカラーリングを担当するクリエイターがいたり。
チームの力を結集してひとつのクリエイティブを打ち出していくという形にチャレンジしていきたい。さらに、コルクインディーズは編集やビジネスプロデュースの機能も備えている。このあり方は、どちらかというとスタジオに近いのではないかと。そこで、「コルクスタジオ」と名づけ、新しいロゴはもちろん前田さんにお願いしました。
前田さんが持っている強さのひとつは、「世の中を面白くできる」という部分だと思っていて、これはコルクとしても学ばなければいけない部分なんですよね(笑)。
人を面白がらせることに対してのエネルギーが溢れていて、コミュニティとしても羨ましい。そういう前田さんの面白さを持って、コミュニティデザインをご一緒できると、これからもっと楽しくなりそうだなと思います。
「コンテンツ産業は日本の軸になる」マンガにかける想い
長谷川さんとコルクの出会いは、オンラインサロン「コルクラボ」に登録したことから始まりました。当初は「大好きなマンガに趣味で関わりたい」という気持ちで、まさかこの業界に転職するとは思っていなかったそうです。
一方、コンサルティングの仕事をする中で、これから縮小していく産業と伸びゆく産業のイメージを持っていた長谷川さん。「コンテンツ産業は、間違いなくこれからこの国の軸になる」と感じていたといいます。
コルクに参画して1年以上経った今。長谷川さんは、確かな手ごたえと仕事の楽しさを、言葉の端々に滲ませていました。
たくさんの人に物語を届け、一人一人の心を動かすために挑戦し続けるコルク。NASUはデザインパートナーとして、マンガを愛する友人として、これからも一緒に進んでいきたいと思います。
長谷川さん、ありがとうございました。
〈取材・文=安住 久美子(@081123tadatama)/撮影=毛利田真依(@mmai0901)〉