渋谷区恵比寿にオープンした劇場型おにぎり屋「たなごころ」のロゴを、NASUがデザインしました。


まずは完成したロゴデザインをご覧ください。

「たなごころ」とは掌(てのひら)のこと。「手の心」を意味する言葉です。たなごころは作り置きを販売するのではなく、炊きたてのごはんに心をこめて、一つひとつ握りたてのおにぎりを提供します。

本記事では、たなごころのロゴができるまでを一挙公開します。


たなごころのブランドコンセプトは「伝統と革新」

たなごころのコンセプトは「伝統と革新」。おにぎりの持つ伝統的な文化を守りつつ、多くの方がおにぎりに対して持つ庶民的なイメージとは一線を画すお店です。厳選した食材とこだわりの握り方でシンプルかつ奥深い旨さを追求しています。

百聞は一見に如かず。たなごころの職人さんが雲丹のおにぎりを握るシーンをご覧ください。

30種類以上のおにぎりの他に、おばんざいやお酒も取り揃えています。

店内は鮨屋や和食店のような雰囲気です。一枚板の白木のカウンターとネイビーのファブリックが落ち着いた空間を演出しています。

他のお店にはない特徴や魅力、こだわりを理解して、たなごころの「ならでは」に寄り添い、魅力を最大化するデザインをします。


キーワードは「手」「人」「心」

他にはない、たなごころならではの特徴は「機械ではなく人の手を使って、作り置きせず、心を込めて一つひとつ握っている」だと考えました。そこから抽出したワードが「手」「人」「心」です。

他には

  • 炊き立て
  • 日本を代表する文化
  • あたたかい
  • 親しみ
  • 保存性
  • 携帯性
  • 具のバリエーション

などが上がりました。この段階ではまだ一般的なおにぎりのイメージから抜け出せていません。ここから更に細分化し、たなごころの「ならでは」に迫っていきます。


寿司と差別化し、おにぎりとして進化させる

たなごころは、長きにわたり日本の庶民文化であったおにぎりを、未来と世界に向けて上位進化させる存在です。おにぎりと同じく庶民のファストフードだった寿司は、いつからか高級路線の「鮨」と分岐して進化しました。鮨はおにぎりの上位進化とも言えますが、寿司や鮨との違いは明確にする必要があります。

家庭でつくるもの、コンビニで買うものというイメージが根強い、身近な存在のおにぎり。たなごころは、あくまでもおにぎりであることを大切にしつつ、これまでのおにぎりとは違う革新的な食べ物を提供するお店です。

おにぎりをおにぎりとして進化させて、新たな文化に昇華するためには、鮨屋だと思われてしまうロゴはふさわしくありません。鮨と明確に差別化し、たなごころの魅力と価値をくっきりさせます。


デザインの軸は「職人×革新×おにぎり」

鮨職人はたくさんいるのに、おにぎり職人は聞いたことがありませんよね。たなごころには確かな技術でおにぎりを握る職人がいます。伝統文化であるおにぎりを、革新的なアイデアと職人の技術で磨き上げ、新たな文化を成す。

職人、革新、おにぎりの3つが、たなごころの「ならでは」を構成する要素です。たなごころの価値を確立するために不可欠な3要素を軸に、デザインを考えていきます。

たなごころは海外展開も視野に入れているので、大きな方向性としてはピクトグラムのような記号的なロゴと相性がいいと考えました。

おにぎりのシンプルで潔い美味しさを伝え、世界に向けてたなごころの魅力が伝わるデザインをします。


提案した7つのロゴ

今回は7つのロゴデザインを提案しました。たなごころを構成する3要素と、コンセプトの「伝統と革新」から着想したデザインを一つずつ解説します。

A案:おにぎりに湯気

炊きたてにこだわっていることを湯気で表現しています。おにぎりの「ならでは」である湯気をシンボル的にデザインし、おにぎりの部分はシルエットのみでシンプルさを追求しました。

B案:“にぎる” から着想した文字

手でおにぎりの形をつくり、握る動きをわかりやすく表現しています。7つのロゴの中で唯一、文字がメインのデザインです。「江戸文字」という伝統的な書体をベースにしています。


C案:「 人 」「 手 」「 心 」 た な ご こ ろ が 大 切 に す る こ と

たなごころが大切にしている「人」「手」「心」の3つが、おにぎりに込められていることを表現しています。家紋のように、伝統的でありながら流行り廃りなく受け継がれていく意味も込めました。

D案:手を簡略化

おにぎりを手で表した時の形を簡略化し、店名をロゴ内部に配置しました。シンプルだからこそ文字間のバランスが重要です。伝統の要素は少なく、かなり革新に寄ったデザインになっています。最適な書体の検証をおこなう前なので、この時点での文字はスタンダードなゴシック体です。

E案:おにぎりをにぎる掌(たなごころ)直球

おにぎりを握る手の形を表現しています。おにぎりを知らない外国の方にも、ストレートでわかりやすいデザインを意識しました。老舗の雰囲気が感じられる、伝統寄りのデザインです。

F案:ありがたいもの

日本らしさ、ありがたさの象徴とも言える大仏をメインに使用しました。伝統的で重厚感のある大仏というモチーフに、おにぎりを握る動きで可愛らしさをプラスして、革新的な要素を持たせています。

G案:ひとつぶひとつぶ心を込めて

お米のひとつぶひとつぶに、心が込められている様子を表現しています。着物の柄として日本で古くから愛されている「小紋柄」を連想させ、伝統的な印象を与えるデザインです。


検証を重ねてブラッシュアップする

鮨屋だと思われないように、パッと見ておにぎり屋であることが伝わるデザインにする必要があります。期待値コントロールの観点から、一番「おにぎりらしい」D案と、一番「掌らしい」E案が選ばれました。ここから更に検証と試行錯誤を繰り返してブラッシュアップします。

グラデーションで検証

NASUのデザイン制作では、グラデーションのように少しずつデザインに変化をつけて「ちょうどいい」を検証する工程があります。

たなごころのコンセプトは伝統と革新。左のD案は今っぽい、新しい雰囲気がある「革新寄りのデザイン」、右のE案は老舗の風格を感じる「伝統寄りのデザイン」です。

伝統と革新のどちらも感じられるロゴにするため、D案は伝統に、E案は革新に向けて少しずつデザインを変化させていきます。D案は書体や文字の太さを変更し、和の雰囲気が感じられる伝統的なデザインに進化しました。

D案のグラデーションの様子

E案はおにぎりを握る手を少しずつ簡略化、記号化させて、より革新的なデザインに進化しました。

E案のグラデーションの様子

どこが変わったのか、パッと見ただけではわからないレベルの細かい変化を重ねて、ベストな「ちょうどいい」を探る重要な工程です。

選ばれたのはD-6のデザイン

検証の結果、D-6が選ばれましたが、まだまだ最終形態ではありません。D-6を軸に文字の太さや曲線の角度など、複数のパターンを制作して調整していきます。どれも同じに見えるかもしれませんが、わずかな差がクオリティに直結するため繊細で重要な工程です。

ロゴ内のハンコも、掌やオニギリといったシンプルなものから、おにぎりを一文字で表すオリジナル文字まで複数のパターンを制作しました。

ロゴ内の文字とハンコをそれぞれ組み合わせて検証し、ベストなパターンを探ります。

検証の結果、書体とハンコはこちらで決定しました。

次に錯視調整をおこないます。錯視調整とは、人間の目で見たときに美しい状態に感じるように調整する工程です。


図面上、計算上は問題がなくても、人間の目から見ると小さく見えたり歪んで見えたりする場合があるため(錯視調整について書いたnoteはこちら)、0.1mm単位で調整します。

Twitterでも錯視調整の検証の様子を公開しました。

NASUではデザインをプリントアウトし、壁に貼って検証をします。手から離し、客観的な目線でデザインを判断するためです。



「たなごころ」のロゴが完成!

さまざまな検証を重ね、完成したロゴがこちらです。

お店の入り口のロゴ

シンプルなロゴですが、数々の検証や工程、緻密な計算を経て作られています。

箸袋やショップカードなども、ロゴデザインとあわせて制作しました。ちなみに依頼はされていません。NASUではロゴをデザインする段階から、ロゴが使用されるグッズを想定しています。実際にロゴが使われるもの・シーンをリアルに想定しないと、最終的な形に落とし込めないためです。

実際に形になっていないものもありますが、想定で制作したグッズの一部をご紹介します。


たなごころさん、今回はご依頼いただきありがとうございました。このロゴが世界中で見られる日を楽しみにしています!

先日、「たなごころ」さんに食事に行ってきました。本来、実際にお店の商品を食べてからデザインすることが多いのですが、タイミング合わず叶わなかったのですが、聞いていた通り、いや想像以上で安心しました。雲丹やいくらなど高級具材が目立ちますが、「ふっくら炊き立てのお米を丁寧に握っている」これが主役なんです。今回のロゴはそれがストレートに伝わるものになっています。「勝てるデザイン」になっていると自負しております。(前田)




NASUが運営するオンラインサロン前田デザイン室内では、デデザインの0→1過程や提案書を作る過程などを公開中です。興味のある方はCAMPFIREの「メンバー特典を選ぶ」内に掲載されている説明会動画をご覧ください!

NASUへのロゴ制作のご依頼はこちらよりお願いいたします。




〈文=成澤綾子(@ayk_031)/  編集=浜田綾(@hamadaaya914)〉