イラストレーターの展覧会をデザインで最大化する。「なんかいい感じ」から「アンニュイ」な世界へ。
「アンニュイ」な世界観のイラストで、音楽やアパレルの分野等で幅広く活躍されているイラストレーターmsy.(みしぃ)さん。
NASUオフィスに併設するNASUギャラリーにて、初の個展「なんかいい感じになれるアンニュイ展」を開催することになりました。
NASUギャラリーは、場所を提供するだけではない。デザインの力でクリエイターの魅力を引き出す共創型のギャラリーと定義しています。
今回は、展覧会のコンセプトを決めるまでの過程をmsy.さん、代表の前田、本展覧会担当のデザイナー久本で振り返ります。
msy.さんのこれまでの活動実績
日常の贅沢に気づいてもらうための「アンニュイ」
前田:取材を受けるのは初めてですか?
msy.:はい、初取材です。
前田:普段はイラストのアイコンだと思いますが、顔出しはOKですか?
msy.:あ、確かに!顔出しに関しては、出すか出さないか決めてなくて。結構ふわっとした感じでやってきたんです(笑)。
前田:msy.さんのイラストの世界観があるから、素顔を出さない方がいいっていう考え方もありますよね。でも、今回ご一緒して、ある程度、人間性を出していくほうがいいタイプなんかなと思ってました。それに、人間性を出しまくって、イラストが進化していくほうが、見ている側も気持ちが入っていきますから。
msy.:なるほど。僕に共感を持ってくださった方と繋がれるのはいいですね。
前田:AIが当たり前の時代だから、クリエイターには人間味が大事かもしれないなど。これからmsy.さんが何かやりたいっていうときに、同じ価値観、同じセンスで繋がっている人がいれば、きっと力になってくれるんで。なので、どんどん出していきましょう!
msy.:わかりました! とはいえ、ちょっと恥ずかしくもありますね。イラストレーターとして人前に立つことは、あんまりなかったので。
前田:今回の記事を良いきっかけだと思ってもらって、素顔を出してイラストの話もしていきましょう。ということで、イラストレーターとしての話を改めてお聞きしていきたいんですけど、msy.さんは今回の個展のテーマにもなっているとおり、「アンニュイ」をテーマにイラストを描かれてきているんですよね。
msy.:はい。イラストのテーマは一貫して「アンニュイ」。気だるさだったり、エモーショナルな感じの空気感を切り取るようなイラストが好きで。中でも、強めの女性が好きで描いていますね。
前田:「アンニュイ」をテーマにしたのはいつ頃からなんですか?
msy.:2020年の4月くらいですね。2019年に初めて「デザインフェスタ」に出る時に服を作ったんです。それが結構売れたんで、アパレルブランドにしたいなと思って。ブランドを立ち上げるにあたって「アンニュイな世界観にしたい」と思って、ブランド名も『Annui』にして、作品テーマもアンニュイと言い始めました。
前田:アンニュイの言葉は、どうやって出てきたとか覚えてます?
msy.:これが記憶になくて(笑)。多分あんまり考えてないんですよね。心のどこかで好きだという意識があって、いざブランド名として言語化しようというタイミングで、ちょうど出てきたんだと思います。
前田:じゃあアンニュイの世界観のルーツになっていそうなものとかってあるんですか?
msy.:自分は結構、音楽が好きなので、それが一つですかね。イラストレーターとして活動を始めたころ、チル系とか、ローファイ・ヒップホップとか、ゆったりとした空間を過ごすみたいなのがブームで、自分も好きだったんですよ。
前田:ゆったりとした音楽が繋がってきたと。
msy.:はい。日常をより贅沢に感じようという感覚ですかね。贅沢を感じられるかどうかって、その人の感覚次第じゃないですか。
前田:たしかに、自分の捉え方次第だもんね。
msy.:そうなんです。僕は映画も好きで、ヨーロッパの昔の映画が特に好みなんです。見せ方に惹かれるんですよね。ベタなのだと『ニュー・シネマ・パラダイス』とか。ラストシーンでボロボロ泣けます。日常の描写なんですけど、ああいう見せ方をされると、めちゃくちゃ心に刺さります。
前田:映画には表現者として惹かれる部分があるって感じなんですね。
msy.:そうなんです。僕は、「この時間が贅沢だったんだな」って気づいてもらえるような作品をつくりたいなって。そのやり方として、日常を切り取って、ちょっとファッショナブルに見せるっていうことがしたくて、「アンニュイ」にたどり着いたって感じです。
イラストレーターとして活動するからには、個展を開催したかった!
前田:ここからは今回の個展の話をしていきましょう。11月20日(月)からmsy.さん初の個展「なんかいい感じになれるアンニュイ展」が始まります。
NASUオフィスのクラウドファンディングに支援していただいたリターンとして、この開催に至ったわけですけど、元々NASUのことはどうやって知ってくださったんですか?
msy.:NASUでアルバイトをしていた方が友達なんです。だから、気になって調べてみたらデザイン会社で、書籍も出されていると。自分もデザインを勉強したい時だったので、書籍を買って読んだら、めちゃくちゃ勉強になるやん!って思って。それからずっと気になってました。
前田:ありがとうございます。他にもクラファンのリターンはあるなかで、展覧会のプロデュースを選ばれたっていうのは、やっぱり個展をやりたいっていう思いがあったんですか?
msy.:そうですね。2019年に会社を辞めて、msy.の名前でイラストレーターを始めたんですね。その時、SNSでフォロワーが1,000人くらいいて、個展をやってたら、ある程度生活できるだろうっていう勝手なイメージがあって。実際はそんな簡単ではなかったんですけど(苦笑)、イラストレーターとして活動していく以上、個展をやりたいっていうのは、ずっと頭の中にはありました。
前田:でも、なかなかタイミングがなかった?
msy.:アパレルブランドをやったり、色々なところからお仕事を頂いていて、タイミングを逸していたのと、気持ち的になかなか踏み切れなかったのもありました。でも、そろそろやってみようかなっていうタイミングで、ちょうどクラファンの告知を見て、これしかない!と直感しました。
前田:そう言っていただけて嬉しいです。NASUギャラリーは、ただ場所貸しをするだけじゃなくて、展示されるクリエイターさんのコンテンツをNASUが最大化する、クリエイターさんの魅力を引き出す「共創型」っていうのを特長にしています。クリエイターさんと組んで展覧会をやるのは、サタケシュンスケさんに次いで2人目なんですけど、このオフィスに来てからは初めてなんですよ。
msy.:共創型って、まさにそうですね。今回の個展開催にあたって、企画の提案からしていただいて、毎回、めっちゃ驚いてます。
偏愛(アンニュイ)を柔軟(企画)で最大化する
前田:今回の提案は、ひちゃこ(久本)がメインでやっているので、一緒に企画案を振り返っていきたいと思います。最初のヒアリングを経て、1回目の提案に据えたキーワードが「偏愛と柔軟」でした。
久本:はい。msy.さんって、今日のお話を聞いていても改めて思うんですけど、ご自分の作品、世界観に対する一貫性を強く感じるんです。本当に好きなんやなっていうのが、お話を聞いても、過去の作品やSNSからも伝わってくる。これがキーワードの1つ「偏愛」ですね。一方で、自分の好みに偏るんじゃなくて、人を喜ばせるのも好きな方だと思ったんですよね。
msy.:それはありますね。アパレルブランドをやっていて、服を買ってくれた人にはアイコン書いてあげるサービスつけたりとか、商品のなかにパスワードを隠し入れておいて待ち受けがダウンロードできるようにするとか。
普通の体験にもプラスアルファで、面白いって思ってもらえるようなことをするのは好きです。
久本:自分のやり方を変えて、誰かのために新しいことにも積極的に取り組もうとされている、それがもう1つのキーワードの「柔軟」です。「偏愛」と相反しそうなキーワードなだけに、その両方を持っている方は珍しいですし、今回の個展でもうまく表現できたらいいなと思いました。
前田:ゴール設定も色々考えて、「イラストレーターとしてのmsy.の認知を広める」にしたんだよね。
久本:最初は悩みました。最終的なゴールとしては「アンニュイな世界観をつくるクリエイター」という方向に持っていきたいと考えていたんです。ただ、1回の個展でそこまで持っていくのではなくて、今回は、まずmsy.さん=アンニュイなイラストを書く人っていう認知を確立しましょうっていうのを共通認識にさせてもらいました。
前田:個展そのものに対するハードルの高さも課題としてはありましたね。
msy.:開催する側の目線からすると、一人で頑張らないといけないんですけど、一人じゃどうにもならないっていう(苦笑)。
久本:企画から集客、運営まで全部ですからね。もちろん、作品も作らないといけない。私自身も学生の頃に展覧会をやっていたんですけど、もう地獄なんですよ(笑)。
観に行く側の目線で考えても、実は結構ハードルが高い。ましてや、知らない人の個展に行くとなると尚更です。どうやったら来てもらえるかを提案書の中で整理しました。
久本:そのうえで、どうやってハードルを乗り越えるかっていうのが「偏愛(アンニュイ)を柔軟(企画)で最大化する」っていう考えでした。
これに則って具体的には2つ、A案「勝手にアンニュイ展」、B案「彼女と煙草とアンニュイ展」を提案させてもらいました。
前田:A案は打ち合わせの段階でアイデアは出ていたんですよね。色々なインフルエンサーを勝手にアンニュイに変換しちゃおうっていう。だから「俺もアンニュイにしてもらいたい」って話もして。
msy.:前田さんをアンニュイな女性にしたらどうなるんやろう(笑)。
(追記)
この取材の後日に、もしも前田さんをアンニュイガールにしたら? のイラストをmsy.さんが描いてくださいました!! ありがとうございます!!
久本:企画寄りのA案に対して、B案も企画の要素はありつつ、イラスト、個展のイメージを押し出すという違いがありました。
前田:この2案をもとにバランスをどうしましょうかっていう話をして。
久本:結局、良いとこどりにしましょうと(笑)。
msy.:はい(笑)。めちゃくちゃ素敵な案をいただいて、NASUさんに相談してよかったなってのは最初に思いました。
その上で、集客が課題になるのはわかっていたので、A案の「勝手にアンニュイ展」の企画要素は使いたかった。でも、自分の理想としてはB案「勝手に煙草とアンニュイ展」のように、イラストレーターとしての個展をやりたいっていう思いもありました。なので、集客の課題を解決しつつ、自分の個展でやりたいことをやりましょうという方向になりました。
「アンニュイ」をうちのお母さんにも伝わるようにするためには?
久本:次の段階の提案では、A案をベースに、B案の要素をもうちょい強くした案を考えることになりました。
前田:この間に「本質ブレないシート」というNASU独自のツールを使って、改めて状況整理をしたよね。
久本:このツールを使用してみて分かったのが、「誰に、何を為すか?」の“誰に”がボヤけているということでした。「msy.さんを知らないに来てもらう」ところまでは決めていたんですけど、どれくらい知らないかのレベル感についても認識を合わせる必要があったんです。
前田:何も知らない、例えばうちの母くらいの感じなのか、おしゃれは好きだけどmsy.さんは知らない人だと全然違うからね。
久本:色々考えたんですけど、結局お母さんレベルの人に「アンニュイ」って言っても響かない。でもお母さんにもわかる共通の言葉をタイトルにしないと、一般の方には関心を持ってもらえないと思いました。
前田:それでA案とB案とでターゲットを分けて提案することにしたんだよね。
久本:はい。A案は「なんか、いい感じになれる展」と、一般の方向けに誰でもわかる言葉に、B案はサブカル好きの方をメインターゲットに想定して、ストレートに「アンニュイになれる展」として提案しました。
前田:これもどっちにしましょうかという話をして……。
msy.:再び良いとこどりにしましょうと(笑)。
久本:はい(笑)。A案の「なんか、いい感じになれる展」ベースでは進んでいたんですけど、前田さんのアイデアで「なんかいい感じになれるアンニュイ展。」と、言葉を足すことにしました。
前田: 「なんかいい感じ」のみを聞くと、体験型イベントのニュアンスが強いけど、あくまでイラスト展なので、その感じが伝わったほうがいいと思ったんです。
あと、展覧会の中で何を見せるのか、具体的にイメージしないと、そこから先は決めにくいかなって。本で言うと、「タイトル」と「はじめ」にはあるんだけど、「目次」がないから、この企画が成立するかが見えなかったんですよね。
久本:確かにな、と思って、壁面のイメージ画像をつくってみたりと、展示イメージを具現化しました。そこから取捨選択をしていきました。メインの展示としてはこの壁面。キービジュアル 兼 フォトスポットにする予定です。いい感じの照明が当たって、アー写みたいに、ここに立って写真を撮るだけで誰でもアンニュイになれるスポットを作ろうと思っています。
トリミングで、アンニュイをフォーカス
前田:企画面でアンニュイを最大化するためにやったことが、先ほどのターゲットから考えたタイトルだとすると、実はもう一つポイントがあると考えています。
msy.さんの絵をより魅力的にするために、アンニュイな部分にフォーカスしたトリミングすることです。
msy.さんのイラストはかわいい女性が多いので、普通に観るとこういう髪型してるなとか、オシャレな洋服着てるなとか、左脳的に見てしまうんですけど、トリミングしたほうが、アンニュイにフォーカスした感じが出るんやろうなって。それが今回の展覧会の企画の本質だと思っています。
今回グッズでステッカーがあるんだけど、ステッカーもトリミングがポイントになります。
これはサンプルなので、この絵柄が入ってるわけじゃないんだけど、こんな風に同じ絵柄でもトリミングの仕方で魅力が変わりますよね。
こんな感じで、いろいろなステッカーがあって、その中から3種類を選んでもらうのですが、同じ絵柄でもトリミングが違うようにします。
だから、絵柄を選ぶ楽しさもありますし、同じ絵柄でもトリミングで選ぶ楽しさも味わえるわけです。
msy.:魅力を引き出していただき、ありがとうございます! だからですね。展覧会のメインビジュアルがめっちゃいいなって思いました。
久本:最初は「msy.ポーズ」とかを作ろっかなとか思ってたんですけどね(笑)。何もしなくても、イラストの力を最大化できたらこの前に立つだけでアンニュイな感じになれそうだと思ってます。
msy.:このメインビジュアル以外にも、作品をいくつか展示するんですけど、キャプションもめちゃくちゃいいんですよ。「アンニュイポイント」っていうアイデアをいただいて。
久本:msy.さんにこういうアンニュイがいいってポイントを「⚪︎⚪︎っていい感じ」と書いてもらっています。普段の生活の中でどこにアンニュイがあるかが分かりますし、“いい感じ”になれるヒントにもなっています。
msy.:どこがどうアンニュイで、どういい感じかっていうのを言葉で伝えられるので、作品を観た方に納得感を持ってもらえますよね。
前田:そうですね。お客さんに作品を翻訳する役割とも言えます。手前味噌ですけど、こういう企画が共創型ギャラリーの良さでもあると思っています。
今回は、まず「なんかいい感じ」をフックに来場して、作品を観て、体験してもらう。ギャラリーを出るときには「アンニュイっていいな」と思ってもらう。それで、「アンニュイなイラストレーター・msy.」を覚えて帰ってもらう。さらに言うと、フォトスポットで撮った写真をツイートしてもらうのが大事です。
久本:そうですね。発信して、拡散してもらって、今回の目的である“認知を広げる”というところにも繋がってくるので。物販もツイートしたくなるという視点で考えています。できれば、日常的に使ってもらえて、アンニュイを生活に溶け込ませるようなものにできるといいかなって。
前田:そうそう。グッズでTシャツを出すんだよね。
久本:はい!
前田:ステッカーとTシャツの話は先ほどしましたが、他のグッズに関してどうなっているは、当日来てもらってからのお楽しみということで。ぜひ多くの人に足を運んで欲しいですね。
では、最後に、いよいよ開催となりますので、msy.さんに一言意気込みをいただけますか。
msy.:一人で個展をするっていう選択肢もある中で、今回NASUさんにプロデュースしていただくことを選んで本当に良かったと思っています。久本さんのご提案に毎回、ぐうの音も出ないくらいめっちゃ感動しながら、やっと開催まで辿り着くことができました。
最近イラストレーターとしての活動ができてなかったこともあって、「msy.さんあんまり見かけないよね」って感じていた人もいると思うんです。そういう人たちにも「msy.さんって、やっぱすげーことやってんじゃん!」って感じてもらえるような、結構インパクトがある展覧会になると思っています。
最後まで全力で走り抜けますので、ぜひ会場で“アンニュイ”を観て体験してください!
開催概要
開催日時:
11月20日(月)〜11月26日(日)13時〜19時
場所:
NASUギャラリー(大阪・天満橋)
大阪府大阪市中央区石町2丁目2-2 都住創石町ビル 203号室https://goo.gl/maps/nDXeo421bkmUwXWA6
入場無料です。
京阪本線天満橋駅徒歩5分
OsakaMetro谷町線天満橋駅徒歩5分
OsakaMetro堺筋線北浜駅徒歩11分
〈 文=木村涼 (@riokimakbn)/ 編集=浜田綾(@hamadaaya914)中山乃愛(@noa_liriope)/撮影・バナーデザイン=小賀雪陽( @KOGAYUKIHARU )〉