デザインが拡げる。「ポケモンシャツ」から生まれた“新しい可能性”
世界中で楽しまれているコンテンツ『ポケットモンスター』、略して「ポケモン」。そのプロデュースを専門に手掛けているのが株式会社ポケモンです。ゲームから始まり、アニメやカード、グッズ、イベントなど、ポケモンの魅力を生かした様々なコンテンツをグローバルで展開しています。
2019年、ポケモン社が新たに発売したのが「ポケモンシャツ」です。発売当初は『ポケットモンスター赤・緑』(以下『ポケモン 赤・緑』)に登場する全ポケモン151種類、今年4月に『ポケットモンスター金・銀』(以下『ポケモン 金・銀』)から100種類が追加され、全251種類のポケモンの柄を組み合わせて、カスタムシャツをつくることができます。
ブランドの立ち上げから携わっている小杉さんは「NASUさんのデザインが、ポケモンの新たな魅力を引き出してくれました」と語ります。コンテンツに、プロダクトに、デザインが与えた価値は“新たな可能性の提示”でした。
ポケモンごとの魅力を最大限引き出す商品に。目指したのは語りたくなるデザイン
───ポケモンシャツの開発の背景をお聞かせください。
小杉:2年ほど前に、当社の代表取締役である宇都宮(崇人氏)の紹介でOriginal Inc.を知りました。シリコンバレー発のベンチャー企業で、オンラインでカスタムシャツを販売する「Original Stitch」というサービスを展開しています。その特徴は、シャツのカスタマイズの多様さです。シャツの柄、袖の表裏、襟、ボタン、ポケット、細部まで自分好みにカスタマイズができ、全パターンは10億通りにものぼります。
多様なカスタマイズができるシャツブランドと、一匹一匹が個性的な魅力を持つポケモン。この組み合わせがどうなるか、当初は想像できなかったですが、ワクワクしましたね。コラボレーションが決まり、自分がメイン担当として商品開発に携わることになったからには、ポケモンならではの魅力的な商品をつくろうと腰を据えて取り組みました。
───商品化にあたって想定されたターゲットはいたのでしょうか。
小杉:ターゲットは明確に設定していませんが、まず手に取ってもらいたいと考えたのは、ポケモン世代の方々です。子どものころに『ポケモン 赤・緑』に熱狂した方達は今や20〜30代。私もまさにこの世代で、キャラクターを全面に出したデザインしたシャツは着にくいですし、シンプルすぎても個性を出しにくいです。ポケモンの魅力を生かすことで、個性を出しつつ、多くの方に受け入れられるアパレルブランドにしたいという思いはありました。
ビジネスやカジュアルといったシーンを問わず、日常使いできるシャツをつくれれば、老若男女の方に利用いただけると考えました。
───『ポケモン 金・銀』までに登場する全251種類、一種ずつにオリジナル生地を用意するアイデアは当初から想定されていたのでしょうか。
小杉:まずは20種類からという意見も社内にはありました。ただ、あまり数を絞ってしまうと、特定のポケモンに偏り、他の商品と似通ってしまいかねません。当社の使命は、ポケモン一匹一匹を大切に、その魅力を最大限引き出してプロデュースすることにあります。その原点に立ち返り、カスタマイズが楽しめるシャツを販売する意義を考え、全種類やるべきという結論に至りました。
首藤:私が入社したときは、151種類で展開することがちょうど決まったタイミングでした。壮大すぎて驚きました(笑)。それまで、高価格帯のアパレル商品の事例は多くありませんでした。緊張感はありましたが、小杉さんと二人でこのチャレンジングな試みを成功させたい一心で取り組みました。
小杉:ポケモン一匹ずつの個性をうまく生かせれば、無二のアパレルブランドができるという思いはありました。ですから、いかにデザインで個性を引き出せるかが非常に重要でした。
───シャツのデザインにあたり、こだわったポイントをお聞かせください。
小杉:ぱっと見で、ポケモンがデザインされたシャツだとわからなくていいと思ったんです。身につけた人が、「実はこのシャツ、ポケモンがデザインされていてね」と自分から語りたくなる商品にしたいと考えました。
首藤:ポケモンには、キャラクターごとにストーリーがあります。そのストーリーをシャツのデザインからも感じてもらえるよう検討していきました。
指針の一つになったのは「ポケモンずかん」です。ゲーム内に登場するアイテムで、ポケモンの身長や体重、生息地、性格、バックボーンが記載されています。この中に“語りたくなる”要素のヒントがあると考え、熟読しました。
小杉:模様からアプローチしたものもあります。海外の紋様集から着想を得ようと試みたりもしました。私も商品開発は初めてだったので、『ポケモン 赤・緑』では試行錯誤したものの、『ポケモン 金・銀』を進めるころには個性を引き出すためのアプローチ方法が確立されてきました。
首藤:デザイン1種類が確定するまで1.5カ月から2カ月程度でしたが、それで完成ではありません。さらに1〜2カ月ほど、柄や色味の微調整などを施し、実際にシャツにしたときに、想定通りに形になるかを細かく検討していきました。
小杉:せっかく素晴らしいデザインをしていただいても、シャツにしたときにその良さが損なわれては意味がありません。デザインの意図をきちんと表現するために私たちも一切妥協しませんでした。
一つひとつの個性が際立つことが商品全体の個性をも引き立てる
───第一弾の『ポケモン 赤・緑』全151種類のうち、30種類のデザインをNASUが担当しました。ご依頼の経緯をお聞かせください。
小杉:NASUさんには、伊勢丹さんとの「ISETAN IN POKÉMON」や、ブロック風アートをあしらったグッズのデザインを依頼していました。前田さんのデザインは、ポケモンの特徴の抽出の仕方が絶妙なんです。そのキャラクターたらしめる特徴をとらえて、抽象化してシンプルにデザインに落とし込むのが得意だとお見受けしています。「ポケモンシャツ」にも絶対マッチすると直感しました。当時のNASUさんにはまだ社員の方がおらず、30種類はすべて前田さんにデザインを担当していただきました。
───特に印象に残っているデザインを教えてください。
小杉:強いて選ぶならサワムラーとエビワラーですね。ポケモンは二足歩行のキャラクターが多く、色味やパーツを細かく表現しようとすると主張が強くなりがちです。
ともすると普段使いするシャツには馴染まないデザインになってしまいます。前田さんには、サワムラーはキック、エビワラーはパンチというビジュアルに着目し、その特徴にフォーカスしたデザインをしていただきました。柄を見ればサワムラーとエビワラーであると分かりますし、アパレルとしても着やすいあのデザインは見事でした。
首藤:最初にデザイン案をいただいたときの驚きを覚えています。顔を描いていないのに、一目でサワムラーとエビワラーだと分かったんです。その着眼点と、シンプルに“らしさ”を表現されたデザインはさすがだと感じました。
小杉:ガラガラも印象的でしたね。色数を抑えたり、余白を設けたりすることで、ガラガラらしさを保ちつつ、アパレルとしても魅力的な商品に仕上がりました。
ストーリー性を感じやすいのも特徴です。ガラガラはバルジーナという天敵のポケモンを倒すというストーリーがあります。柄の中にバルジーナをあしらうことで、着ている方もそのストーリーを語りやすいはずです。ポケモンのストーリーを活かすことで、デザインとしての奥行きを持たせられた例の一つですね。
小杉:他のポケモンの柄はかわいいデザインが多い中で、前田さんに格好良いものや、シンプルでミニマムなものをつくっていただいたことでデザインのバリエーションが広がりました。151種類を並べてみたときにも、それぞれの良さがより引き立てられたと感じています。
───今年追加された『ポケモン 金・銀』100種類でも、うち16種類をNASUが担当しました。
首藤:NASUさんに社員が増えたということで、『ポケモン 金・銀』は吉田さんと土田さんにメインで担当いただきました。吉田さんのポートフォリオを拝見して、かわいいイラストも得意にされているとお見受けし、『ポケモン 赤・緑』のときとは違ったテイストのキャラクターも依頼しました。
完成した16種類は、『ポケモン 赤・緑』のときの前田さんのような、抽象化してシンプルに落とし込むアプローチは生かしながら、キャラクターごとに格好良さとかわいさを描き分けていただきました。
───『ポケモン 金・銀』のデザインの中で、印象深いデザインはどれでしょうか。
首藤:一番苦労したオドシシですね。「ポケモンずかん」の紹介文にあるキーワードは“まがまがしい”。何か悪いことが起きそうで不気味なさまを表す言葉で、これをどう表現したらいいものかと、担当の土田さんと色々なアプローチを考えていきました。
難航しましたが、小杉さんから「バンダナに落とし込んでみたら?」というアドバイスを受けて、しっくりきたんです。そこに“まがまがしさ”を掛け合わせて、オドシシらしいシャツデザインに落としこんでいただきました。
首藤:吉田さんも土田さんもポケモンの仕事をされるのは初めてだったそうですが、担当するポケモンについて調べて、どうしたら個性を生かせるか、私たちと並走して考えてくださいました。
思いを共に、理解を深めていただいたからこそできたデザインです。そのおかげで『ポケモン 金・銀』を通じて「ポケモンシャツ」にも一層広がりが生まれ、商品としての新たな可能性をも引き出していただけました。
アプローチが変われば表現できる魅力も変わる。デザインが広げる可能性に限りはない
───発売以降の反響はいかがですか。
小杉:ありがたいことに、発売早々にTwitterでトレンド入りしました。ポケモンのイベントでも着てくださっている方を数多く見かけます。
首藤:『ポケモン 金・銀』100種類の発売をきっかけに、「ポケモンシャツ」を知ってくださった方も多いようです。 NASUさんにデザインいただいたヌオーは特に人気です。コアなファンの方々にも好評で、シャツを着て、ヌオーのぬいぐるみを持った写真をSNSにアップしてくださっている方もいます。
小杉:今年6月にはポロシャツもラインナップに追加しました。ワンポイントとして入れられるポケモン151種類のデザインもNASUさんに担当いただきました。私は今日、「ミュウ」の刺繍が入ったポロシャツを着ています。選んだ理由は娘の名前が「みう」だからなんです。こうして着る人が、自分の思いを込めて選んでいただくことで、他人に話したくなるケースもあるかもしれません。
首藤:私も先ほど社内の打ち合わせで自慢してきました(笑)。さりげなくも、よく見るとそのキャラクターとわかるので、話すと一様に「おぉ〜」と感嘆されて誇らしい気持ちになります。
小杉:スマートフォン向けアプリ『ポケモンGO』のリリース以降、ファン層も広がりました。先日、何気なく立ち寄ったお店で、「ポケモンシャツ」を着ているシニアの方をお見かけしました。ポケモン世代に限らず、幅広い世代の方に普段使いしていただけていると実感できて嬉しかったですね。「ポケモンシャツ」を通じて、ポケモンをさらに好きになっていただけたら本望です。
───今後のNASUに期待されることをお聞かせください。
小杉:元々は、前田さんお一人だったので「NASU=前田さん」の印象でしたが、今は社員の方が増えて“チームNASU”になられました。得意分野が異なるメンバーが集まられているので、デザインの幅が広がり、相乗効果も生まれやすいのではないでしょうか。
首藤:デザイン会社と言うと、社員の方が並んでMacのデスクトップPCで作業されている姿を想像しますよね。「ポケモンシャツ」制作の裏側に迫るドキュメンタリー映像の撮影にあたり、初めてNASUさんのオフィスに伺って驚きました。
卓球台をデスク代わりに、MacのノートブックPCで仕事をされていたんです。ただのデザイン会社ではないと改めて感じましたね。 ポケモンには無限の可能性があります。これからも自由な発想で、私たちもまだ気づいていないポケモン一匹ずつが持つ魅力を引き出せるよう、デザインでサポートしていただけたらと思います。
小杉:ポケモンが誕生して今年で24年目。「ポケモンシャツ」を通じて、これだけの歴史があっても、まだまだ無限のポテンシャルを秘めたコンテンツであることを実感しました。同じキャラクターでもアプローチを変えるだけで、引き出させる魅力も、ユーザーに与える印象も変わります。
一般に「デザインは課題解決の手段」と言われますが、NASUさんと仕事をしていて、それがすべてではないと感じました。数ある方向性を大切に、一つひとつ表現していくことで、新たな可能性を引き出せるのもデザインの力だと思います。 個性豊かなポケモンたちをプロデュースするため、今後もチームNASUの皆さんには限りない可能性に迫るデザインを期待したいです。
©2020 Pokémon. ©1995-2020 Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK inc.
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〈取材・文=木村涼 (@riokimakbn)/ 編集=浜田綾(@hamadaaya914)〉