「売れるデザインってあるんですか?」ベストセラーを連発する装丁家・戸倉巌さんに聞いてみた。
“出版不況”と言われるこの時代に、発売直後に重版がかかるほど売れる書籍をいくつも手がける装丁家・デザイナーがいます。
トサカデザイン代表の戸倉 巌さん。
2010年に翻訳書として刊行したクリスアンダーソン『FREE』を皮切りに、ジョンJ.レイティ『脳を鍛えるには運動しかない!』、前田裕二『メモの魔力』、堀江貴文『多動力』など、ここでは列挙できないほど数多くのベストセラーを世に送り出してきました。そして戸倉さんが手がけた装丁の中には、NASU代表 前田さんの著書である『勝てるデザイン』も……。
11月末、戸倉さんが大阪にあるNASUの新オフィス(通称:NASUパーク)を訪れた際、前田さんと装丁とデザインについて対談を行ないました。「売れるデザインとは何か」。ド直球な質問を投げかけながら、戸倉さんの仕事術を聞き出そうとする前田さんと、あくまで謙遜し続ける戸倉さん。
会話を続けるうち戸倉流の「売れるデザイン」のつくり方、ベストセラーを生み出すための装丁家としての仕事、その輪郭がだんだんと浮かび上がってきました。
戸倉 巌(とくらいわおさん)
トサカデザイン代表。武蔵野美術大学を卒業後、広告制作会社や白石デザインオフィスを経て、2000年に独立。雑誌と書籍のデザインを主に、現在の事務所を立ち上げる。おもな装丁にクリスアンダーソン『FREE』、前田裕二『メモの魔力』、堀江貴文『多動力』、News Picks Booksなど。趣味のブラジリアン柔術は、10年以上続けているツワモノ。
(プロフィール写真 = 上野裕二)
「わかりやすく」をモットーに。
前田:商業出版として数々のヒット本を手がけてきて、僕が書いた『勝てるデザイン』の表紙もデザインしていただきました。いつも何本くらいの案件が同時に動いているんですか?
戸倉:同時並行だと、多いときで10本くらいですかね。
前田:え、そんなに……!? すご。
戸倉:大体6〜10本の間ですが、10本あるとね、結構やばい。どれがどういうオーダーだかわからなくなってきたりとか(笑)。
前田:それだけ多くデザインする中で、ぶっちゃけ「売れるデザイン」っていうのはあるんですか?
戸倉:……うーん。個人的には、売れるデザインはないと思いますよ……多分。変なデザインでも売れている本はたくさんあるじゃないですか。売れる要因は、装丁がすべてではないので、そこは勘違いしちゃいけないな、と。
前田:でも、結果的には戸倉さんの手がけた本は売れているものが多いと思うんですが!
戸倉:自分としては、売れた物をたまたまやらしてもらってるんだと思ってるんです。
装丁の仕事が来る条件ってじつはすごく単純で、書店に行くと売れてる本が並んでるじゃないですか。その本の奥付やカバーに装丁家の名前が書いてある。それを編集者が見て、「最低限、売れている本の装丁をつくる能力がある」って認識してくれてるんですよね。
本を出す編集者は失敗したくないじゃないですか。だから、なるべく売れてる本の装丁家に頼みたい、というのは少なからずあると思うんです。
前田:言われてみれば確かに……。
戸倉:初めて仕事を依頼してくれる方の中には、ありがたいことに「いつかお願いしたいと思っていました」って言ってくれる方もいて。でもそれで気づいたのは、売れている本を見て依頼してくれるのって本を売りたい編集者なんですよ。結果として、そういう姿勢で取り組んでいる編集者の本がよく売れる、というのはあると思います。
あと意外と自分自身は、本屋に行くたびに「自分はこんなデザインしかやってないのか」ってがっかりすることもあります。
前田:意外ですね。
戸倉:本ってたくさんあるじゃないですか。自分が興味ないだけで、好きな人にとってはすごく大事なものだったり。自分のデザインは、多くのジャンルの中のほんの一部でしかないし、売れる期間も限られていて、今読まなければ意味がないような本が多い。それが悪いわけではないけど、どちらかといえば消費されてなくなっていくデザインなのかな、とは思っています。
前田:とはいえ、編集者のオーダーに応えて結果もちゃんと出している。装丁のデザインに対しては、どんなことを重視しているんですか?
戸倉:元々は広告のプロダクションにいて、マスに向けたデザインに関わってきてたので、多くの人が受け入れるだろうっていう感覚は大事にしていますね。性格的にも、ニッチなものが好きでコレクションしたりとかいう癖はなくて、普通にテレビを見て、『週刊少年ジャンプ』を読んでる、いわゆるフツーのタイプ。大前提として、何の本なのかをわかりやすくするっていうのは大事かなと思っています。
前田:単純には言い切れないかもしれないけど、その「わかりやすい」ことを意識したデザインというのが、本の売れ行きにつながっているんじゃないですか?
戸倉:仕事を依頼してもらえているっていうのは、それが1つの正解なのかもしれない、と思うことはあります。逆にマニアックな本のデザインは、見るのはすごく好きなんですけど多分僕じゃできない。その分野の感覚を持つ人のほうが、いいものをデザインすると思います。デザインしないからそういう仕事も僕には来ない。
前田:お互いに需要と供給が一致してる感じ。
戸倉:いや、まさしく。わかる人に深く刺さるデザインをするデザイナーさんもいらっしゃると思うんですが、僕のところに話にくる編集者は「本流はここだけど、幅広く売りたい」ってみんなかならず言うんですよ。だから特定のジャンルの本でも、なるべく広げたデザインにはしてると思います。
前田:わかりやすく、幅広くっていうのを意識するきっかけはあったんですか?
戸倉:考えてみると子どもの頃からわかりにくいものが嫌いだったんですよね。たとえば車の広告。あれって絶対値段が出てこないじゃないですか。「いつ買えるようになるんだろう」って想像できないのがすっごく嫌でした。
前田:それ、めちゃくちゃわかります。グラフィックデザインでもありますよね。“デザインっぽく仕上げている”というか。デザインって、コミュニケーションがないと意味がないと思っていて、それこそ自分のお母さんレベルで理解されるぐらい。NASUは「デザインの力をお茶の間に」をミッションにしているくらいなんです。
編集者にタイトルの逆提案も。
前田:「わかりやすいデザイン」をめざす中で、たとえばデザインを始める前に「この本はこういう本だ」っていうのを言語化することもあるんですか?
戸倉:いや、まったくしないですよね。誰かに伝える必要がないので……まず、PCでイラレを開きます。
前田:じつは、僕は一人でデザインしている頃からテーマなり解説なり、「この企画はなんぞや!」って一言で言えるようなものを、わりと作りたいタイプなんですよね。いまはチームで動くことも多いので、それを基にメンバーに共有したり。
戸倉:あんまり考えたことがなかったですね。もしかしたらイラレを使うようになってから、そういう作業がどんどん省かれているのかもしれない。
前田:幻冬舎の箕輪さんからのオーダーだと、わりとそういう言葉を使っているのかなとも思ったんですよ。
戸倉:あ、箕輪さんからはあります。先日発売した、日本代表・守田選手の本『「ずる賢さ」という技術』は、「サッカーの選手の本だけど、サッカー選手が出ていない表紙にしたい」って言われて……。
前田:面白いですね。箕輪さんは、サッカー選手が出過ぎると、興味ない人は買わないと思ってあえてそうしたかったっていうことですよね。さっきのマニアックなデザインの話にも通じてる。
戸倉:そうですそうです。ただつくってみて、やっぱりサッカー選手の本だというのがわからなくなってしまって。「最低限、帯に写真さえあれば成立すると思います」って伝えたら「そうしよう」と返事があって帯に守田選手の写真を載せることにしました。
前田:それと背景のキツネですよね。これすごいなと思って。「ずる賢さ」だけじゃなくてどことなく憎めなさもある。これは箕輪さんのディレクションですか?それとも戸倉さんの提案?
戸倉:キツネという案自体は一緒にやっているパートナーに「ずる賢さってどんなものがある?」って聞いたら「キツネとか」っていう返事があって、ありかもと思って提案しました。ビジュアルイメージを膨らますためにまずストックフォトから「ずる賢い」でイラストを検索してとにかく探しまくる。装丁のイメージをして何千枚も見ました。
前田:比較しながら見ていく。
戸倉:そうですね。キツネだけじゃなくて必要なときは何千枚も見て、最後の方にいいものに出会うこともあるし、最初の方に保存しといたものが結局一番イメージに近いということもある。出会えなさそうなら別のワードや近いワードで検索し直す。とにかく探しますね。
前田:実際にはどうやってデザインを形にしていくんですか?
戸倉:まずはタイトルをレイアウトに入れて考え始めます。タイトルって編集者がものすごく考えて考えて、やっと出てきたものが上がって来るんですよ。意味を込めているだろうし、大事なはずだからちゃんと見せるっていうのは大事にしています。フォントも一通り試して大きさや配置を確認して……。言語化しない分、手を動かしながら完成形をどんどん見つけていくんだと思います。
前田:そこで読者目線を持たせて見ていくんですよね。ぐっと来るか。
戸倉:ぐっと来るか。あとわかるか。
前田:でも、そこまでわかりやすくすることにこだわってデザインしてたらタイトルの修正案も編集者に言いたくなってきませんか?
戸倉:もちろんあります。打ち合わせのときに編集の方がまだ曖昧だったりすると「これのほうが意味が通じやすいですよ」とか、「それはタイトルじゃなくて帯でいえばいいんじゃないですか?」とか。受け入れるかどうかは編集の方によりますが伝えたいことがちゃんと伝わるように、わかりやすさ目線で提案します。
前田:箕輪さんの言葉がわかりやすいのは僕も接しててわかるんですけど、それ以外の編集者で「すごいな」と思うことってありますか?
戸倉:10年ほど前ですが、翻訳書の『FREE』で一緒にやってた松島さんという方は、当時からSNSを使った新しいプロモーションとかもどんどん取り入れていく編集者でしたね。本の内容もすごくよくて、いろんな人を巻き込んで行く。後々になって「すごい方と仕事してたんだな」というのがわかりました。
前田:そのときの『FREE』の表紙は、どんな風に生まれたんですか?
戸倉:当時は、自分が欲しいと思うようにかっこよく作ればいいかな、くらいに思ってたんですよね。それでまず、“FREE”の文字が一番かっこよく見える書体を探すために、試しにたっくさんのフォントを打ってみました。それで「これだな」って決まったものを出したら、ほとんどそのまま通りましたね。
“らしさ”をつくるデザイン。
前田:最初ね、戸倉さんに『勝てるデザイン』の装丁を依頼する前は、自分でやってみようかな、って一瞬よぎったんですよ。でも中途半端に入ると、戸倉さんのデザインに僕が手を入れるって感じがするのも嫌だったし、でも装丁もやってみたい。「どうしよう」みたいな(笑)
戸倉:本当ですか?
前田:でも、できないって気づいて「やっぱり戸倉さんに頼むのがいちばん良くない?」って思ってからは、「戸倉さんっていま、頼める感じなのかな? どう思う?」とかずっとスタッフに相談してましたね(笑)。今日お話を聞いてて、大正解だったな、と。いい選択を、つまり(戸倉さんにデザインをお願いするという)いいデザインをしました。
戸倉:嬉しいですね。
前田:「わかりやすくする」っていうのは、デザインの仕事全部に通じてると思います。それを明快過ぎるくらいに明快にする。
『勝てるデザイン』は、「こんな本です!」「前田高志はこういう人です!」っていうのが前面に伝わるデザインでした。“らしさ”を作る、みたいな。
戸倉:確かに、“らしさ”を作るっていうのは大事ですね。デザイナーって基本的に器用な人が多いじゃないですか。悪い言い方をしてしまえば、それっぽくも作れてしまう。でも器用だからこそいろんな会社、人、製品の“らしさ”を作れるんだとも思います。
前田:最初にデザインを見たとき、「おー!」ってなりましたもん。勝てるデザインって言っちゃうんだ、こんなに僕の名前を大きく入れちゃうんだ、みたいな。言葉の重みが大きくて、出版直前はさすがにちょっと不安になったけど……。
戸倉:僕は、著者になったことがないからわかりませんが(笑)。
前田:ただ、そのときの幻冬舎の片野さんという編集さんがかっこよくて、「これ大丈夫ですかね?面白いですか?」って聞いたら、「面白くなかったら僕の責任です」って言ってくれたんですよね。
戸倉:確かに、編集者はそうあるべきですね。著者は悪くない(笑)。
戸倉:『HELLO, DESIGN』という本でご一緒した石川さんという著者の方に、こんな言葉を聞いたことがあります。「いい問いがないと、いい答えは生まれない」。問いの質が高ければ高いほど、大変だけどやる価値があり、質の高い答えが出てくる。
今回のクラウドファンディングで、また『勝てるデザイン』の限定カバーデザインを担当するっていうのも、かなり質の高い問いだと思うんですよ。商業ベースじゃないからこそ、よりクリエーションを問われるわけですよね。
前田:どんなものが上がってくるのか、すごく楽しみです。
戸倉:前田さんの普段の仕事や前田デザイン室に向かう姿勢が、その問いのヒントにもなるんじゃないかと考えています。前田さんの、クリエーションを我慢しない生き方が。
前田:「クリエーションを我慢しない」ってすごくいい言葉ですね!
戸倉:仕事だと、たとえば最初から「この紙じゃなきゃいけない」とか思ってしまうんですけど、ちょっと引きで見ると「もうちょっと違うやり方があったな」とか思うことってあるじゃないですか。そういう意味でいろんな可能性を広げて、純粋なクリエーションを求められてると思ってます。
前田:ありがとうございます!クリエーションを我慢しない生き方が反映されたデザイン、めちゃくちゃ楽しみです。
追記:
NASUの「良いデザインを生むためのオフィス「デザインのパワースポット」を完成させたい!」のクラウドファンディング限定でしか手に入らない『勝てるデザイン』の特装版のデザインが戸倉さんより届きました!文字はシルクスクリーン印刷で刷ります。背景のイラストは仮ですが、イラストレーター黒木仁史さんの描き下ろしになります。
戸倉さんデザイン、黒木さんイラストの『勝てるデザイン』特装版は、この世に130冊限定で、残りは??冊です。その他のリターンも多数用意しております。
クラウドファンディングは、12月24日クリスマスイブ当日の23:59までです!ぜひ、こちらのクラウドファンディングページよりご支援いただけると嬉しいです。