カリスマ保育士てぃ先生はデザイナー!? 子育ての悩みを解決する“遊び心”あるデザイン
「早くお片付けしなさい!」
そう言われて本当に片付けを始める子どもは少ないはず。
でも、カリスマ保育士・てぃ先生にかかれば、ちょっと言葉を変えるだけで、子どもが思わずお片付けするようになります。
「青色のおもちゃを見つけたら教えてね!」
「教えてくれてありがとう! じゃあそれを箱にしまおっか!」
数ある言葉の選択肢から、子どもが動きたくなる、そして大人が試したくなるものを選び抜く。それは、デザイナー・前田高志が定義する「デザイン」に通ずるものがあります。
保育に子育てを取り入れる「こいく」という概念を提唱する、てぃ先生。デザインの力を広く伝えようと、業界に一石を投じ続ける前田高志。
それぞれの業界で新たな試みに挑む二人が、「保育」と「デザイン」を語り合ったら、意外と多くの共通点が見つかりました。
てぃ先生は、デザインしている
前田:今回、「こいくファミリー」のロゴデザインにあたって、てぃ先生の著書やメディアの記事を色々拝見して思ったんですけどね。てぃ先生の考え方って、デザインと通ずるところがあるんですよ。
てぃ先生:えっ、そうなんですか! 前田さんに言われると何か恐縮しちゃいますね(笑)。
前田:僕は、ある目的を達成するために選択肢を増やして、その中から最適なものを選ぶ行為をデザインと定義しています。てぃ先生の子どもへの接し方で言うと、子どもに行動を起こしてもらうための手段が選び抜かれてるなって感じたんです。
てぃ先生:そういう意味では、言葉や言い方はもちろん、子どもが行動したくなる雰囲気も含めて、デザインしていると言えるかもしれないですね。
子どもも大人も関係なくですけど、自分が意識して行動しているようで、実はそうじゃないことの方が多いと思うんです。例えば、ここに水があれば飲むし、なければ飲まない。一つひとつの行動が誰かにデザインされていますよね。
前田:まさにそうなんですよ。僕は最近、自社のオフィスで結構、行動のデザインを試しているんです。
社員同士でもっとコミュニケーションが生まれるようにオフィスのバルコニーに芝生を敷いてみたり、来客のときにオフィスの写真をSNSにアップしてもらえるよう茄子のオブジェを作ってみたり。実際、やってみると本当に行動が変わるのが楽しくて。
てぃ先生と言うと、言葉で行動をデザインしていく印象ですね。子どもが動きたくなる言葉選びをされています。
てぃ先生:子どもに「片付けしなさい!」って言うだけじゃ片付けてくれないんで(笑)。でも、「青いおもちゃを見つけたら先生に教えてね」って言えば教えてくれますし、それを「箱にしまおうか」って言えばしまってくれるんですよ。
前田:うわぁ〜天才ですね。めちゃくちゃクリエイティブな発想です。
てぃ先生:いやいやいや! 今でこそこんな色々言ってますけど、昔はめっちゃ怒りん坊の先生でしたよ。
前田:えっ! 全然そんなイメージないです。
てぃ先生:保育士になって1、2年目くらいのときは怒鳴ってました。それこそ「片付けしなさい!」って。最初は子どもも片付けてくれるんですけど、段々慣れてくるんですよね。そうなるといくら怒ってもヘラヘラ笑ってる。それでまたイライラして、さらに怒鳴って。何も良いことがないんです。
前田:完全に負のスパイラルに入っちゃったんですね。
てぃ先生:そうなんです。それで保育士になって2年目くらいのとき、このままじゃいつか保育士辞めちゃうなって思ったんです。仕事が嫌というより、子どもたちといっぱい遊びたくて保育士になったのに、子どもにイライラしちゃう自分が嫌で仕方なかったんです。
だから、自分がイライラしないで保育するためにはどうしたらいいかって考えるようになりました。
前田:きっかけは、まず自分のためだったんですね。
てぃ先生:はい、「良い子どもに育てよう」なんて壮大な思いとかじゃないです(笑)。ただ、そう考えるようになって行動も変わったんですよね。まずはインプットが必要だと思い立って、本を読み漁りました。今でもAmazonで「保育」「子育て」で検索して、新着を上から全部買ったりしています。
前田:めちゃくちゃ読んでますね!
てぃ先生:あえて、自分と考えが合わない人の本も読みます。凝り固まっちゃいけないなと思って。
保育には、こういう接し方をしたら、こういう子どもに育つっていう明確な正解があるわけじゃないです。だから、今の自分の価値観や考え方に合わないことを理由に、触れないのは結果的に自分の保育の幅を狭めてしまうとも思うんですよね。
前田:そこはデザインも似てますね。デザインの場合、僕は答えの出し方はたくさんあると思っています。だから、一定のスキルがあるデザイナーのアウトプットは、「なるほど、こういう答えを出したんだ」っていう理解とリスペクトを持って見ます。
もし自分と考え方が違っても、否定はしないです。その人の考え方を受け止めたうえで、じゃあ自分だったらどう答えを出しただろうって考えます。
てぃ先生:保育もデザインも、自分なりの答えを出していくのは一緒なんですね。最近僕、保育の仕事にぴったりだなと思ったのが「おまじない」という言葉です。教育だ、保育だと小難しい話もしますけど、結局は子どもに将来こう育ってほしいと思ってやっているだけだなって。
前田:いい言葉ですね。デザインで言うと、「約束」が近いかもしれません。自分なりの答えを出して、クライアントに成果をもたらすためにやっているので。僕は『勝てるデザイン』って言っているので、クライアントが勝てるようになるものを作ることが、デザイナーとしての責任だと思ってますね。
面白さは“遊び心”から生まれる
てぃ先生:『勝てるデザイン』を読んで、今回「こいくファミリー」のロゴのデザインもしていただいて思ったんですけど、前田さんのデザインってどれもすごく遊び心を感じますよね。
前田:そう言ってもらえると嬉しいです。実際、遊び心を持って、人にワクワクしてもらえるデザインを意識しています。そういう意味では、てぃ先生の子どもとの接し方も遊び心に溢れていますよね。大人がつい試したくなる感じがします。
てぃ先生:それは大事にしているテーマですね。子育てにも正攻法はあるんですけど、子どものためだけを考えてやると大人が疲れちゃうんです。
お父さんお母さんだって忙しいじゃないですか。だったら、大人が「面白そうだからやってみたい」って思えるやり方を提案したいなって。
前田:「面白い」って老若男女に通ずる感覚ですしね。僕は、面白いかどうかっていうのは、デザインを考えるうえでも判断軸になってますね。
てぃ先生:へぇ〜! 前田さんは、面白いかどうかってどう判断しているんですか?
前田:う〜ん……自分の母親が反応しそうかどうか、ですかね。デザインには興味ないし、今時のトレンドも知らない。そういう母親が、僕が面白いと思ってつくったデザインを見て、“クスッ”となったら相当面白いんじゃないかなって。
てぃ先生:あぁ〜! その感覚、すごくわかります!
前田:ある程度、ターゲットを絞ったアプローチもありますけど、性別も年代も関係なく、面白いと思ってもらえたら、それは間違いなく良いデザインですよね。
てぃ先生:確かに。その話で言うと、子ども向けの商品のデザインに、僕はすごく違和感を感じるんです。おもちゃとか、文房具とか色々あるんですけど、どれも“大人がイメージする子ども向け”のデザインになっているんです。
嫌な言い方をすると、子どもはこういうのだと喜ぶんだろうっていう固定観念で作られているなって。でも、子ども向けだから良いっていう子は見たことありません。
前田:僕も幼稚すぎるものは大嫌いです(笑)。大人の決めつけなんでしょうね。子どもも大人と一緒で、面白そうだから手に取るわけですし。
てぃ先生:そうそう! そうなんですよ。僕の経験上、大人が日常的に使うような、普通に売っているものをあげた方がいいです。おままごとの道具で言えば、子ども用の立派なセットを買うより、100均で好きなお箸やお皿を揃えてあげた方が絶対喜びます。
前田:ちゃんとデザインされたものが好きなのは、大人も子どもも一緒なんですね。
てぃ先生:そう思います。それこそ前田さんの言葉を借りれば、子どもが喜ぶという目的のために、たくさんの選択肢を考えて、あげるものを選ぶのは大人に必要なデザインの力なのかもしれませんね。
みんなのデザイン、みんなの保育を目指して
前田:それぞれの業界の話もしたいです。なぜかと言うと保育業界もデザイン業界も、自分のことを語る人が全然いないのがすごく似ているなって感じたんですよ。
てぃ先生:それはありますね。保育業界は自分の教育観とか、保育観を語る人が全然いなくて。デザイン業界も同じなんですか?
前田:そうですね。デザイン業界は、高尚なものにしすぎている節があります。川で例えると、川幅が狭い上流部分に少数のトップオブトップのデザイナーがいて意見は言っているんです。ただ、口で語らず、デザインで語る職人肌の人も多くて。その意見が水だとすると、デザイナー以外の人もいる川幅が広い下流部分には、水が全然流れてこない。
僕はデザインはみんなが使えるものだと思っているんで、自分からどんどん情報発信して、下流までもっと水を流そうとしています。
てぃ先生:『勝てるデザイン』では、まさにその部分を強調されていましたよね。
前田:そうですね。あの本自体が、かなり業界的には異色です。タイトルからしてめちゃくちゃ勇気が要りましたし(笑)。
てぃ先生:ですよね(笑)。表紙が“勝てるデザイン” “前田高志” のみって強気な印象ですけど、力強さも感じました。
前田:パーソナルな意見として堂々と出すべきだって装丁をしてくれた戸倉(巌)さんというデザイナーさんが提案してくれて、めっちゃ良いなと思ったんです。
読んで批判されてもいい。この本がきっかけで、色んな人のデザインの話をもっと聞けるようになればいいと思ったんです。てぃ先生もSNSやYouTubeで情報発信していますけど、批判がこわいと感じたりしないんですか?
てぃ先生:あんまりないですね。最初に始めたのがTwitterで、1、2年やってフォロワー数が少しずつ伸びてきたら、いわゆるアンチの同業らしき人から批判のメッセージも来ました。でも、発信し続けて、フォロワー数が伸びていくうちに、誰も何も言ってこなくなりましたからね。
前田:それはそれで寂しいですね。保育に携わる人はたくさんいますし、もっと色々な人が情報や意見を発信しても良さそうです。
てぃ先生:ホントそうなんですよ。何なら僕の真似してくれていいって言ってるんですけど、それでも全然出てこないです。単純に発言する自信がない人が多いんじゃないかなと。これは保育に限らずそうなんですけど、特別な知識やアイデアって滅多にあるものじゃないと思うんです。
誰かに真似されたり、批判されるのが嫌だからと躊躇せずに発信して、みんなで共有した方が、業界全体にとっても絶対プラスになるはずなんですけどね。
前田:まぁ不安に感じる人の気持ちもわかるんですよ。自分も若い時はできなかったんで。
僕は40歳が近づいて、父親が病気になって初めて人生に限りがあることを実感したんです。自分の残り人生を考えたら、もう悠長なことは言っていられないなと。恥ずかしいなんて言っていないで、今できることを今やろうと思うようになって吹っ切れましたね。
てぃ先生:ちょっと大きな話になっちゃいますけど、人間自体がそんな高尚な存在じゃないと思うんですよね。地球ができたのも、人類が生まれたのも、今まで生きてこられたのも、全部“たまたま”にすぎないじゃないですか。
だから、運良くある今の自分に正直に、やりたいことをやったらいいんじゃないかなって。それこそ情報発信も、やってみたら運良く結果がついてくるかもしれないですからね。
前田:そうやって1人、2人と情報発信する人が増えていくことで、みんながスキルアップできて、業界の底上げにもつながるはずです。もっと下流に水が流れるように僕らからも発信し続けていかないといけないですね。
自分を信じてくれる人と共に新しい世界へ
前田:てぃ先生の今後の展開としては、やはり「こいく」が中心になっていくんですか?
てぃ先生:そうですね。今、教育の世界では、将棋の藤井聡太(竜王)さんが受けていた「モンテッソーリ教育」が有名になっています。
僕としては、そういう様々な教育のあり方の一つに「こいく」が混ざるようにしたいです。ただ、「こいく」をたくさんの人に届けたいっていう考えはなくて、自分の手が届く範囲でいいと思っています。そのためにつくったのが「こいくファミリー」でもあるので。
前田:自分のもとに集まってきた人のために全力を尽くすと。
てぃ先生:はい。いずれは、メソッドの伝道師となる人を増やし、「こいく」を広げていけるといいなと思っています。ただ、子ども相手の仕事なので、簡単に人に任せられないのが難しいところですね。前田さんは、どんな活動をしていきたいと思っているんですか?
前田:正直言うと、僕はずっと自分のための活動してきたんです。でも、NASUや「前田デザイン室」をつくったら仲間が増えて、自分一人じゃできないことが、どんどんできるようになってきたんですよね。デザインのクオリティも、一人でやっていた時より圧倒的に高いです。それで最近考えが変わってきました。
日本のためにデザインで何かを残したいと真剣に思っているんです。
てぃ先生:えぇ〜めっちゃいいですね!
前田:デザインを語るのも、考えてみると任天堂時代の師匠が言っていたことがルーツになっているんです。「デザインってそんな難しいもんじゃない」。それをずっと聞いていて、今気づいたら自分が同じことを言ってるんです。意識したつもりはないですけど、きっと合っていたんでしょうね。
僕はデザイナーとしてデザインの力を信じていますし、その力をたくさんの人に武器にしてほしいと思ってます。仲間たちと一緒にデザインで結果を残して、もっと多くの日本人が「デザインっていいな」って思えるところまで引き上げたいと考えています。
てぃ先生:僕も5年後以降を目処に自分の保育園、というか「こいく園」を開業しようと構想を練っています。そこで仲間もできて、また新しい世界が見えてくると思うんですよね。
前田:てぃ先生だったら、絶対良いチームができますよ。
てぃ先生:いやいや! むしろ不安です。動物占いだと僕って「狼」なんで(笑)。本当は一人が向いてるんです。
前田:えぇ〜意外だな! ちなみに僕は動物占いだと「羊」なんです。チームが大好きなので僕らしいなと思っています。僕の会社のチーム力は日々上がっているので、もし何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね。
今回、お話ししてみて、保育とデザインはやっぱり似てるなと感じたので、きっとまた力になれることがあると思います。
てぃ先生:ぜひデザインの力、頼りにさせてください! これからもよろしくお願いします!
前田:こちらこそです。デザインで何でも解決しますから!
〈文・取材=木村涼 (@riokimakbn)/編集=浜田綾(@hamadaaya914)/撮影=ただの ちひろ(@chihiro146)/ バナーデザイン=小野幸裕(@yuttan_dn52)〉