このチーム、熱狂につき。NASU「オフィスガイドブック」制作チームの心に火を点けた前田高志のデザインフィードバック
大阪・天満橋にある株式会社NASUのオフィスを「デザインのパワースポット」として完成させるために実施したクラウドファンディング。そのリターンの一つとして、「あなたが前田高志とデザイン制作体験」をキャッチコピーに掲げたプランが、「NASUオフィスガイドブック」の制作体験でした。
このプランに支援してくれた5名のメンバーは、当然元々の知り合いでもなければ、職業がデザイナーではない人すらいます。そんな5人がチームを組み、出会ってから4ヶ月で一冊のガイドブックを作る。制作が進む中で、どんどん熱量が高まっていくチームメンバー。結果、御朱印帳をコンセプトにした“いいデザインのご利益がありそうな”唯一無二のガイドブックが生まれました。
即席のチームが、どうやってプロジェクトを進めて行ったのか。今回の記事では、チームメンバー自身とNASU代表・前田高志によるプロジェクトの振り返りを座談会形式で、進行は広報・浜田綾でお送りします!
メンバー紹介
小島 由似(コジコジ)
チームリーダー。Web会社勤務6年目。「勝てるデザインBAR」で前田にデザインのフィードバックをもらったことがきっかけで、「企画力とコンセプト力」を学ぶ環境を作る必要があると思い、参加。小島senseiの愛称でも呼ばれている。
キノコ
サブリーダー。モノづくり、デザインがやりたいと前田デザイン室に参加したところ、ちょうど「オフィスガイドブック」プロジェクトが始動することを知る。デザイン未経験での不安から前田に相談したところ、「熱量があれば問題なし!」と返事をもらい、参加を決意。
堀井 竜也(たっちゃん)
3年前から副業デザイナーとして活動し、個人でデザインを請け負う。デザインの力を上げるため、また前田の仕事術を近くで見たいという気持ちが高まり、参加。
わぐ
3年前にデザイン会社に転職するも、なかなかデザインの仕事を任せてもらえず悶々としていたところ、前田デザイン室に入会。その時期、たまたま前田デザイン室内で参加できるプロジェクトがなかったところ、このプロジェクトのことを知り、参加。
仲吉 ちはる(ハル)
本職は作業療法士で、脳神経外科と整形疾患系をメインにリハビリを行う。「勝てるデザイン」を読んだことをきっかけに前田をフォローし、X(旧Twitter)経由で当プロジェクトを知る。キノコさんと同じく未経験ながら前田からの後押しで、参加を決意。
「どうやって打ち解けていくんだろう」
——プロジェクトの終わりは、お祭りをして締めるのが気持ちいいと思っているので、今日は「NASU オフィスガイドブック」の制作完了を祝う打ち上げとして、制作期間中を振り返る会を開催いたしました。
クラウドファンディングをきっかけに集まったメンバーですが、最後は熱量の高いチームになりましたよね。初顔合わせのときのこと、みなさん覚えてますか?
緊張しすぎて、覚えてないです……。
最初はガチガチに緊張してて、頑張って話さないと沈黙が続いちゃうような感じの空気だったような……。
みんな、静かめだったよね。
——サポートとして、NASUからは“ゆったん”ことデザイナーの小野さんがミーティングに参加しましたが、最初の印象はどうでした?
僕から見てても、みなさんすごい緊張している感じが伝わってきて、「ここからどうやって打ち解けていくんだろう」って思ったのは覚えています(笑)。サポートとしては「どう和ませていこう」ということも考えていましたね。
覚えているのは2回目のミーティングのとき。まだみんなが遠慮しているのがわかったから、「忙しいから」って俺はミーティングを抜けたんだよね。それで、じつはゆったんの背中越しに、ミーティングを聞いてた。そのほうがみんな喋るんじゃないかな、と思って。
——確かに、前田さんも本とかイベントとかもたくさん出ているし、初めて会う時には「あっ前田さんだ!」みたいになっちゃいますもんね。
僕もすごく印象に残っていて、僕たちの会話がぎこちないのに前田さんが気づいて「自分がミーティングから外れる」と判断をしたのが、多分2〜3分くらいの出来事だったんですよ。その判断のスピードがすごいな、と。
前はもっとみんな距離感近めで来てくれてたのに。俺は何も変わってないんだけどなぁ。
——2回目のミーティングで前田さんが抜けた体(てい)になってから、じわじわ仲良くなっていった感じですね。メンバーの中でいうと、口火を切るタイプは誰だったんですか?
コジコジさんかな。リーダーも引き受けてくださったし、私は「リーダーに従うべき!」と思うタイプなので、プロジェクト全体を引っ張ってくださったのは心強かったです。
いや、引き受けたというか、リーダー決めのタイミングで誰も手を挙げず、「この日の夜までに決めよう」と話をしてたのに、結局誰も名乗りを上げなかったから(笑)。
——でも、最終的にはコジコジさんが引き受けた。どんな覚悟でしたか?
元々、自分で何かを決めることに苦手意識がありましたが、仕事じゃないなら間違えても怖くないし、それで何か掴めることもあるかもと思っていました。
ただ最初は、そこまで強く「リーダーやるぞ!」と思っていたわけではないので、誰かが手を挙げていたら遠慮していたかも。結果的には、すごくいい経験になったと思います。
何かあったらキノコさんがすぐツッコんでくれるので、それはすごい助かってました。
キノコちゃんみたいなタイプは助かる。全部笑ってくれるし。
——コジコジさんが全体を引っ張りつつ、キノコちゃんがムードメーカーみたいな感じ。
そうですね。キノコさんがいないミーティングだと、私は、みんなが何考えているのか見えづらいくらい。
全部の話しに反応してくれるから、ありがたいよね。
そうなんです。すごく笑ってくれるので、キノコさんが「キノコ👂※」で参加してるときとか、すごい虚しさが……
※オンラインミーティングに、耳だけ(= 話しはせず聞くだけ)参加する状態のこと。
わかる(笑)。
本人は、ムードメーカーというつもりは意外とないんですけど……。
出口が見えず、ひと月半さまよい続けた
——プロジェクトの始まりはわりと静かめだった。その後、どうプロジェクトが進んでいったんでしょうか?
最初は、各自で役割分担しながら進めていました。キノコさんが地図担当、私が表紙、ハルさんがテキストの方向性を決める……といった感じで、いろいろな方向から詰めていったんですけど、正直、私の中では「全部ハマってない」ように思っていました。
今思えば、出口の見えない道をずっとさまよっている感じでしたよね。
例えば、たっちゃんのデザインを「すごくいい!」と思っても、キノコさんの地図と私の表紙を合わせて「おしゃれ!」と思っても、頭のどこかで「本当にこれでいいんだっけ?」というモヤモヤが消えない。それがずっと続きました。ひと月半くらい。
——ひと月半も!? それは苦しいですね。
デザインやタイトルを何度作っても同じことの繰り返しで、でもどうしてそうなるかもわからない。本当に暗闇を歩いている感じでした。そんな時に前田さんからアドバイスのメッセージをいただいて。
デザインやタイトルを何度作っても同じことの繰り返しで、でそこでようやく、「そうか、コンセプトが決まってなかったからだ!」と気づきました。
——ナイスアドバイスじゃないですか、前田さん! コンセプトはどう決めていったんですか?
まず、『コンセプトのつくり方』という本を参考に、みんなでコンセプトワークをしてみました。コンセプトワークは……
・読みたくなる
・SNSでシェアしたくなる
・届いた時に「おお!」と思ってもらえる
・行きたくなる
・行った気分になれる
などを意識して、色々な角度から会話を広げていきました。会話中に出てくる、キーワードになりそうな単語はメモしておく。ある程度キーワードが出揃ったら、キーワードをグループ分けして、どんどん情報を整理していきました。
初めてのコンセプトワークで出てきた6案は、自分たちとしては結構いい線いってるつもりでした。だけど前田さんから、「もっと振り切っていい」「ただのガイドブックでは話題にならない」というフィードバックをいただいて、zoomなどでそこからさらにコンセプト案をブラッシュアップしていきました。
週3日くらい、それも平日にzoomしてたので、思えばすごい回数やってましたよね(笑)。
いや、本当に(笑)。さらに詰めた6案を出し、最終的に「NASUパークご参拝ガイド!御朱印帳付き」というコンセプトにたどり着きました。
——そのコンセプトを基に「御朱印帳」というアイデアが形になったんですね。前田さんとしては、どんなことを考えてアドバイスをしたんですか?
最初に考えていたのは、即席チームで、しかも制作時間も短いから、明確、強烈なイメージがないとチームの方向性が統一できないんじゃないかなと。
かといって俺が考えたイメージを伝えたら、「それがいいです」ってなって方向性が決まりすぎちゃうし、俺もディレクションしたくなっちゃうから、それは言わないようにしてたかな。御朱印帳の案が出てきたのは、最適だったと思うなぁ。
——どんなところが最適だと?
例えば「テーマパーク」だと、人によって思い浮かべる場所が違ったり、イメージの個人差が大きい。個人の感性で「これがいい」とか「これは微妙」とか、メンバー感の差が出すぎちゃう感じがして。御朱印帳ならば、その差が少なくてブレづらい気がしたかな。
御朱印帳になってから足並みが揃い出して、一つ一つ、大きく進んでいくようになったので、前田さんのアドバイスは大きかったです。実際、全4ヶ月弱の制作期間のうち、コンセプトが決まるまでに2ヶ月くらいかかりましたから。
——コンセプトを決めるのに半分……! そこからは、どんなふうに進めていったんですか?
そこからは「デキバエ制」で進めていきました。
元々、「デキバエ制」って知ってたの?
いや、ゆったんさんに教えてもらいました。それでスケジュールを組んでいったんですが、最初の時点でもうギッチギチで余裕がない。
まったく現実感がないスケジュールでしたよね(笑)。
しかも、コンセプトは決まったけど前田さんがよくおっしゃられている「デザインのものさし」は、まだない状態。進めながら、「“効きそう”な感じを意識して」「雑誌っぽくしないほうがいい」というようなヒントを前田さんからいただいて、少しずつデザインの方向性が明確になっていった感じです。
試作も含めたら、かなりの量のデザインを作りましたよね。わぐさんに至っては、深夜2時にデザインを上げ、朝6時にもデザインを上げ……
いや本当、わぐさんは夜中遅くまでやってるのに、朝6時にまたデザイン上げてた。あれ、どうなってたんですか?
寝てましたよ……2時間。
——そこまで頑張れるなんて、すごい……!ぶっちゃけ、辛くなかったですか?
僕個人でいうと、一番力を注いだのがラフ。かなりの量をつくったんですけど、熱中しすぎてしんどさはあんまり感じませんでしたね。
時間はかかるけど、やることはシンプル。「一冊、作り終える」というゴールは見えていたので、みんな全力でやれたのかなと思います。
自分たちで考えて辿り着いたからこそ、熱がこもった
——みなさんが強い意志をもって取り組んでいたことが伝わってきます。ほかに苦労したことはありましたか?
地図を担当したんですけど、デザインが決まるまではすごく苦労しました。最初の頃、完成版に近いイメージの地図を探していて、ピンタレストでみんなが「これ、いいね!」と感じたものがあったんですよ。そのイメージに、後々まですごく引っ張られてしまって。
そのイメージを壊してくれたのが、ハルさんでした。「最初の地図だと、御朱印帳のコンセプトには合わない」としっかり指摘してくれたので、それでガラッと変える勇気が出て、光が見え始めました。
——メンバー同士で導き合ったり、きちんと意見を言ったり、それでみんな熱量も高い。周りで見ていても「このチーム、今ゾーンに入ってるな」という感じがしました。
ゾーンに……入ってたんですかね? あまり自覚がなくて、綾さんに「すごい熱量ですね」って言われてから、そんなに熱量高いんだって気づいた感じなんですよ。
——その「何言ってるんですか。自分、走るだけっすよ!」的なランナー感が、まさにゾーンに入ってる感じです(笑)。
先ほどたっちゃんが言ったように、やっている間はあまりしんどさを感じなかったのって、熱中していたからなのかもしれないですね。自分たちは無意識だったんだと思います。
もちろん、いろいろ大変なことはありました。でも、同時にみんなで制作できる楽しさもすごく大きかった。夜中、わいわい話しをしたり、壁にぶつかったときは深夜でもゆったんさんが助けてくださったり。すごくいい時間でした。
——「楽しかった」と言っていただけるのが何より嬉しいです。最後に、今回の「オフィスガイドブック」制作を通じての感想を、一人ずつ教えていただけますか?
元々、完璧主義者でプライドも結構高め、会社でも基本的に“チーム”より“個人”でデザインを詰めていっていました。でも今回のプロジェクトで、チームで一つのものを作り上げていく感覚、しかもこんなに一体感が生まれるメンバーでできたのは初めてだったので、すごくいい刺激になりました。
参加のきっかけでもある、「企画とコンセプト」というところにも、まだまだ未熟な部分はありつつ、どうやって学んでいけばいいのか、習得の道筋というのは少し見えた部分があるので、視点が変わったのは自分の中で大きな変化になったと思います。
参加した当初は、前田さんに「手取り足取り教えてもらえる」イメージだったんですよ。でも早い段階で、前田さんの関わり方がそうでないことに気づいて、私たちが自分で考えて進めていけるように要所でアドバイスをくれていた。私は、仕事はデザイン系ではないですが、「チームで作る、デザインするのってこういう感じなんだ」と気づけて、すごくよかったと思います。
それと、みんなが一生懸命だから私も同じだけやらないと、というのも感じて、だからこそ朝早くから深夜まで。大変さはありましたが楽しくもあって、いい経験ができたと思っています。
キノコちゃんの言うとおり、最初はみんな、俺がもっと教えるものだと思っていたと思う。だけど俺が“答え”を示してしまったら、その後なんて作業だし、あんまり楽しくないじゃん。それに、デザインに“答え”なんか元々ないし、「自分がこう考えてこの答えに辿り着きました」というのが大事だからね。
——でも、なかなか「自分で決めるのが難しい」という人は多いですよね。答えを出すのが怖いから、どこかで「誰かが導いてくれる」「答えを出してくれる」のを待ってしまう。
それでいうと、私はデザイナーだけど“自分なりの答えを出す”という意識が今まではなかった。普段仕事でやっていることは、あくまで“オペレーター”と呼ばれる仕事だったのかなと気づけたのは、いい経験でした。
僕は前半でお話しましたが、2回目でのミーティングで前田さんが「ミーティングを抜ける」という判断を、2〜3分でしたのが衝撃的で。
おそらくその時は「ミーティングから抜ける」というのが、前田さんの出した“答え”だったんですよね。
“自分なりの答えを出す”ってデザインだけじゃなくて、普段から「何が最適なのか」を考えて行動することなのかなって。前田さんはデザインで考え抜いているからこそ、普段の行動にも結びついているんじゃないかなと。
——最後、ハルさんはいかがですか?
「モノを作る」というクリエイティブな経験を、今までしたことが全然なかったんですが、今回で1から10まで体験できて、正直なところ最初は「こんなに考えることがあるなんて、どんなクラファン……」って思いました。「なんで参加しちゃったんだろう」とも思いました(笑)。
本職は作業療法士で、これまで「治療はうまくいったのに満足していない患者さん」をたくさん見てきたんです。ずっと、なんでだろうと思っていたんですが「本当はこうなりたい(ここまで治したい)」と患者さんの抱いている姿は一人一人違うと気づいたんです。患者さん一人一人の求める姿に向けて、色々あるリハビリアプローチの中からどう選択し展開するか、ここに私たちセラピストのオリジナリティが出てきます。
デザインもそれに近いと感じたんですよね。前田さんからの「ありがたい感じ」という“なりたい姿”に向けて、培ってきたデザインのスキルやセンスを総動員し、適したコンセプトを作り上げて具現化する。
ここにデザイナーのオリジナリティが出るし、今回のプロジェクトを通してデザイナーさんの「モノをつくる苦しみ」を少しだけ知れて、自分の仕事にも通じるところだなって、わかりました。
全然違う職業からの目線だけど、面白いね。技術や方法の違いはあるけど、本質的な考え方は一緒だっていうことだよね。
そうだと思いました。
確かに、どんな仕事にも共通すると思うんだけど、俺が大事にしているのも「当たり前に考えること」なんだよね。
ふつうに、ごく当たり前に考えたらいいことなのに、なんでもいいんだけど例えば上司とか、評価とか、売上とか、流行りとか、センスとか……。何か変な要素が入ってきて、みんな当たり前ではなく考えてしまう。だから、思ったようにいかなかったり、芯を捉えた感じがしないまま物事が進んでしまう。
今回、みんなにも「当たり前に考えられる」ようなヒントをたくさん出せていたなら嬉しいし、もしそれを感じてもらえたら今後も大切にしてほしいかな!
〈 文=郡司 しう(@Ushi_Jinguu)/ 編集=浜田綾(@hamadaaya914)、中山乃愛(@noa_liriope)/ バナーデザイン=村山歩弓( @___mu110 )〉