2022年1月、大阪松原市にある阪南大学の経済学部にて、村田敏也先生の営業活動実務講義のゲストとして前田高志が登壇しました。営業とデザイン、一見全く関係ないように見えます。しかし「デザインが関係ない人はこの世にいない」と前田さんは言います。

営業とデザインは、果たしてどう関係しているのか、前田さんの著書『勝てるデザイン』からそのヒントを紐解く講義が行われました。


『勝てるデザイン』講義スタート

村田:今日の授業はゲスト講師としてこの方にお越しいただきました。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

前田:デザイナーの前田高志です。学生時代は、大阪芸術大学に通っておりました。だから、みんなと同じ近鉄電車で通学してたんですよ。その後、任天堂に入社しCMなどの制作部署に配属され、約15年間勤めていました。任天堂では、宣伝用ポスターやパンフレットなども手がけていました。


その後、父の病気がきっかけで「死ぬまでにやり残したことをやりたい」と思い、38歳でフリーランスとして独立しました。現在はデザイン会社・株式会社NASUとして5人のスタッフとデザイン業をしながら、前田デザイン室というオンラインサロンを運営しています。ここは経済学部で、営業の授業と聞きました。でも、僕からすれば、営業もデザインだと思うので、講義を進めますね。


デザインは「思考」と「造形」の掛け算である

村田:では、改めて前田さんの本『勝てるデザイン』を元に、お話を聞きますね。まず1章目の「デザインはなんの為にあるのか」。その中に「デザインは「思考」と「造形」の掛け算である・人が喜ぶものを人の心をうごかすものを」とあるのですが、これはどういったことですか?

前田:デザイン思考という言葉がビジネスの世界で流行った時があったんです。その時に、デザイン思考ってデザイナーだけのものじゃないなって感じて、もっといろんな人にこの考えを届けたいなって思ったんです。僕からすれば、ここにいる誰しもがデザインしている。人を喜ばせる事を考えるって、誰しもがやっているじゃないですか。

村田:営業職なんかでいうと、相手の事を思ってこういう風にアプローチしようとかを、考える事もデザインの一つという事ですね。思考して、造形する事を繰り返すことによって、洗練された物になるという事がこの言葉から感じられます。


前田:そうです。ただ、それって一つ問題があって。どうしても「いい答え」を出そうとしてしまうんですよね。それよりも「どれだけ選択肢を出せるか」が重要だと思っています。思考して、案をどれだけ造形できるかという事です。選択肢が多い方が圧倒的に成功率が高いんです。

村田:確かに、営業でも良いものを数点出すよりも、何十点と出して、ひとつマッチしていない提案がクライアントの目に留まったら、「こういう事じゃなくて、もっとこうで、ああで……。」って今までになかった意見を引き出せることがあります。相手の考えを引き出せるっていう点でも有効ですね。そこまで考え抜くっていうのが、営業でいうデザインなんですかね。

スピード解決への課題

村田:あと僕が好きな項目でスピード解決の課題は、本質をつかめていない・引き出しが少ない・そもそも作業スピードが遅い、とあったのですが、これについてはどうですか?

前田:僕、学生の時自分は結構できるって思っていたんですよ。当時の有名デザイナーがやっている事は、誰にでもできそうだって思っちゃってて。でも、全くの間違いでした。任天堂に入って実際に仕事をしてみたら、スターデザイナーの凄さを身を持って実感しました。仕事で彼らのようなものを作り出すって相当凄いんですよ。

仕事では、当然関わってくる人が沢山います。大学では、課題に僕が一人で向き合っているだけなんですけど、会社で仕事としてデザインをするとなると、「僕のデザイン」ではなく「その会社のデザイン」をしなくちゃいけない。そうなってくると四方八方から、うわーっと色んな事を言われるんです。最初はそれに追いつくだけで精一杯。だからスピードを大事にしていたんです。とにかく処理を早くしたら、その分自分の仕事の時間を持つ事が出来るので、まずは単純にアプリツールの使い方を使いこなす事から始めました。


そして引き出しが少ないと、案が出てこなくて作業の手が止まってしまうから、世の中にはどんなデザインがあるのかを調べたり、テクニックやチップスを集めたりしました。その後ようやく、仕事と向き合った時に本質をつかんで行くというプロセスが見えてきました。

村田:スピードを出すためには、まずは何かをがむしゃらにやってみないと、引き出しは増えないし、本質もつかめないですよね。物事に対して距離を置くのではなく、あえて自分をその場に押し込んでいく事で、学びがあり引き出しが増えて、結果スピードが上がるんじゃないかと思います。

デッサンから学んだこと

村田:この話も好きなんです。デッサンの話。

前田:デッサンは美大受験をするときにかなりしました。僕、美術以外の受験勉強は一切していないんですよ。だから僕は偏差値30ぐらいだと思いますよ(笑)。でも勉強の脳とクリエイティブな脳って全然違うんです。高学歴な人と仕事をすることが多かったけれど、全然問題なかったです。

村田:なるほど。ではデッサンをされていて、クリエイティブの場ではどんな場面で活かせましたか?

前田:僕は、物事を進める力という効果をすごく推しています。デッサンで例えるなら、立方体とかを描こうとするじゃないですか、その時に上の四角部分から描き始めてはダメですね。上のパースがおかしいと下のパースもおかしくなってしまうので、建物と一緒で、基礎となる部分・設置面から描き始めます。

仕事でもそれが大事だと思います。企画のタイトルを決めて上司に確認をもらう。これをやらずに先に進めていって、ある程度進めたところで上司に確認をとってダメ出しされると、全てがダメになってしまう。企画の基礎をあらかじめ上司から承認をもらっていれば、どんな手段を使うかが考えられるし、やり直しもきく。物事の基礎を押さえておくことが重要なんです。

村田:逆の仕方なんですけど、営業で「まずは結論から」という手法があります。そしてその結論に「なぜならば」と理由を落とし込む。なので、「これです!」という芯がないと後が続かない。土台をきっちり押さえていないといけないところは、デッサンと似ていますね。スポーツなんかでも一緒ですよね。基礎が出来ていないと、人の真似をしても上手くいきませんしね。
他はどうでしょう。

前田:それから「つかう力」も大事です。デッサンって単純に鉛筆でするわけなんですけど、下はすごく濃い6Bから上は7Hっていう針みたいに硬い種類の幅があるんですよ。それをどういう風に使ったらどういうものが描けるかの、使い方をわかっているのといないのでは差が大きい


野球で言うとバットの使い方です。どこに当てたらどこに飛ぶのかみたいな。
あとは、気づく力・観察力ですね。デッサンでも描いたものを離れて見てみたり、逆さにして見たりして、違和感を見つけるんです。

村田:加えて、やり直す力とは?

前田:僕がデッサンをやっていた時に、今でも覚えている言葉があるんですが、それは「消さないと上手くならない」。今作っているものを大事にしたいんですけど、それをもっと良くしようと思ったら、消さないとさらに良いものにはならないんです。皆さんも、論文を書いていて、最初は絶対に消したくないと思うんですけど、捨てるという選択肢があるともっと良いものができる。

村田:そして、最後に集中する力とありますね。

前田:これは単純にそのままです。デッサンは限られた時間の中で、深く集中しないと描きあげられない。その力を養う事ができます。

何事も楽しめるように常に童心をもつ

村田:では、次の章で「常に童心をもつ」とあるのですが、童心とはどういうことですか?

前田:しんどい仕事でも何でも、楽しめるという事です。会社に入るともちろん自分と相性の悪い人とも、付き合わなければならない事もあります。それを自分から動いて、いかに嫌じゃない様にするか。


僕、「相手は変えられない。けど、自分は変えられる。」という言葉が好きなんですよ。苦手な人がいたら、距離を取るのではなく、どうやったら嫌じゃなくなるかを試すんです。例えば、その人の出勤時間に合わせて一緒に会社に行くようにしたら、もしかしたらきっかけができて距離が縮まる可能性があるかもしれない。僕は、結構こんな風に懐に入りにいくタイプなんですよ。


村田:でも、本当に必ず一人は苦手な人っていますよね。それを前田さんの様に懐に入るのか、距離をとるのか、なぁなぁな関係でいるのか、それは皆さんが心地よいと思える関係性を色々と試してみたらいいと思います。

素直な人ほど伸びる

村田:次に、「素直であれるか」という内容です。

前田:よく「素直な人が伸びる」と言われますけど、本当にそうだと思います。僕の昔の部下の話なのですが、彼はすごく素直で、「この映画良いよ」って薦めると、すぐに見る。他の事もそうで、人に薦められたものを素直に受け取って、良いところを吸収して、悪いと思ったところは捨てる。そんな素直さを持っている彼が一番伸びました。

村田:僕も人を採用する時に素直さは見ますね。前田さんがおっしゃった様に、素直な人の方が吸収力が高いですし、臨機応変に対応してくれますしね。

前田:多分、素直って「全部を受け入れる」という事ではなくて、もしかしたらこの出来事が何かきっかけになって、人生が変わるんじゃないか、っていうパラレルワールドが想像できる事なんじゃないかな。
未来が想像できる素直さですね。

村田:素直な人は感度が高いですよね。感受性が豊かというか。面接でも皆さんのそういう一面を面接官は見ていますよ。

プレゼンはラブレター

村田:次のテーマなんですが「プレゼンはラブレター」。この言葉はすごく響きました!

前田:これ電通のコピーライター阿部広太郎さんもおっしゃっていて、拝借しています。
プレゼンって「どうやって通そう」「どう納得させよう」って上から押さえつける様なものではなく、「これを伝えたい」「納得してもらいたい」って心を込めて下から掬うようなものだと思っています。

村田:ファッションのような見た目だけのプレゼンはバレますよね。で、嫌々やるのが一番良くない。プレゼンでも、面接でもやるのであれば本当に好きになって、その愛をいかに伝えるかですね。


前田:愛はもちろん、そこから発展してエンタメ要素を入れるようにしています。プレゼンってただ聞いているだけじゃつまらないじゃないですか。ちょっとドキッとさせる言葉を入れたり、ウケるネタを入れたりして飽きないようにしています。スベっても良いんですよ、こっちを向いてもらえれば。

いわゆる大手広告代理店のプレゼン強者には、すごい人等いましたよ!ショーが始まるんじゃないかと思わせるくらいのプレゼントとかね。それぐらいの「ツカミ」が必要なぐらい、プレゼンって気持ちを伝える戦いなんですよ。

上手くいっている時こそ次を考えろ

村田:次のテーマも刺さりましたね、「上手くいっている時こそ次を考えろ」。

前田:「鼻セレブ」っていうティッシュあるじゃないですか。あれって、今のうさぎやアザラシのパッケージになる前に、実は違ったネーミングとパッケージデザインで販売されていたんですよ。その状態でも市場調査では結構評判良かったんですけど、そこをゴールとせず、今知られているパッケージとネーミングにリニューアルしたら、より爆発的に売れたんです。


デザインの怖いところってそこなんですよね。クライアントとデザイナーがオッケー出したらそこで終わり。でも、本当はもっと先にゴールがあって、終わりがないんです。

村田:一度ヒットしたからといって、またそれを繰り返し使おうとしたらどこかで痛い目をみますよね。
オンラインサロンでも、同じテーマを使い回すと集客がガクンと下がる。上手くいっていても、何事も絶えず新しいものを出し続けないと面白くないですし廃れます。

前田:また、二兎追うものは一兎も得ずと言いますけど、何かスキルを一つ伸ばして、そこからどんどん派生して新しく色んなものを展開していくのが最強です。

村田:前田さんは色々なジャンルを手にかけてらっしゃるんで、それらを組み合わす事で物事が掛け算になりますね。
最近は、副業とかパラレルワークとかあるじゃない?可能であればどんどんやった方がいい。いろんな事を掛け合わせて、どんどん新しい「次」を考えていくのが大事。

仕事は創るもの、お金は使うもの

村田:「仕事は創るもの、お金は使うもの」という事ですが、僕は会社員時代はお給料が入ってくるのが当たり前で、それは与えられた仕事をしていなくてもクビにならない限りは入ってくるわけです。それが嫌になって収入が下がってでも、独立して好きな事が出来る環境を自ら作りました。

前田: 僕も自分から仕事を創っていましたね。
任天堂って昔デザイナーが少なかったので、店頭のカタログとかなくて。ゲームキューブ発売時、店頭に見に行ったら、ホームページから持ってきた解像度が荒い画像をプリントアウトしてP O Pとして貼っていたんですよ。だから僕勝手に、パンフレットを作ったんです。そしたらそれを見た上司が営業に掛け合ってくれて、正式に作るようになったんです。

村田:え!勝手に作ってしまうのはすごいですね!

前田先生に聞いてみよう

村田:では最後に、学生から質問があるようなので、前田さんに答えていただきましょう。まず一つ目。

周りの人に目を向けてもらうには?

「大学でポスターを作ったり、S N Sに投稿したりする機会があるのですが、その為に取り組む事、周りの人に目を向けてもらえるようにするにはどうしたらいいですか?」との事ですが如何でしょう。

前田:どうやったらみてもらえるかを思考する事ですね。ポスターの服着て毎日歩いてみるとか?絶対見てもらえるよ。でもそういうの嫌だと思うから、じゃあ違う方法を考える。
昔、大阪芸大の先輩で「赤い日」っていうキャンペーンをやっていた人がいて、何人にも声をかけてキャンペーンの日は赤い服を着てくるっていうイベントをしていた。そういうのを仕掛けてみるのは、ダサくなくて良い。

村田:(質問をした生徒に)今の時点で何か考えている事ある?

生徒:いや、まだ考えていないです。これからそういう機会も増えると思いますし、去年先輩達が大学祭のポスターを作っていて、周りのポスターとあまり代わり映えがしなかったので、注目度・認知度を上げるにはどうしたらいいのかなって思いまして。

前田:普通から外れるって事だよね。こんなポスターあるの!?って、思ってもらえるような。死ぬほどデカイやつとか!天王寺駅にポスターを出すとか。あれって1枠5〜6万で出せるんですよ。そういったことをまずはみんなで考える。また、そういったアイデアや手段をSNSで募集するとか。

村田:近所のお店とコラボしてお祭りにしちゃうとかね。

前田:近所の商店街のポスターを勝手に作って、貼らせてもらうとか。もうニュースになるぐらい新しい事を考えて欲しい!

大切にしているマインドは?

村田:続いての質問です。「色々な分野のデザインをされていることをホームページで知りました。大切にしているマインドはなんですか?」

前田:無意味な事をしたくないので、意味がある、効果があることを常に意識しています。

あるセミナーに行った時に、「デザイナーはゴミを作っている」っていう話を聞いてすごいショックを受けたんです。考えると紙などの資源もたくさん使っているし、そういう部分もあるのかなって思いました。だからと言って僕がデザイナーを辞めても、他の人もデザイナーを辞める訳ではないし、デザインはこれからも残っていくし、世の中に必要な事。だったら「捨てられないデザインをやろう!」って決めたんです。なので、マインドはこれですね。

バナーの制作にどのくらいの時間をかけますか?

村田:次の質問です。「バナーなどを作るのにどれぐらいの時間をかけていますか?あと、一番影響を受けた人は誰ですか?」との事です。

前田:バナーに関しては30分で作って、30分で仕上げる感じです。あんまり時間をかけすぎないようにスピードを意識しています。


一番影響を受けた人は?

村田:続いて最後の質問です。「一番影響を受けた人は誰ですか?」とのことです。


前田:一番影響を受けた人は、会った事がある人だとやっぱりこの人のオンラインサロンでお世話になっていた、箕輪厚介かな。会った事がない人だと、佐藤可士和さんの師でもある大貫卓也さんですね。

村田:大貫さんに会いに行きたいと思わないんですか?

前田:会いに行きたいけど、ビビっちゃう……(笑)。

村田:皆さんも会いたい人がいたら、どんどん会いに行ったらいいと思います。メールで直接感想を入れるのも良いし、セミナーとかで会いにいくでも良いし。

では時間になりましたので、ここまでとさせて頂きます。前田さん、今日は色々とお話ありがとうございました!





〈文=ワタナベミユキ(@wata_m_sn)/  編集、撮影=浜田綾(@hamadaaya914)/ レタッチ=小賀雪陽(@koga_bai)〉