
2026年5月23日、大阪芸術大学デザイン学科グラフィックデザインコースの学生に向けて、NASU代表・前田高志とイラストレーターの中村佑介さんによる特別講義が行われました。
前田は、2026年度から大阪芸術大学デザイン学科の客員准教授として授業を行っています。今回は同じ大阪芸術大学のOBであり、前田の後輩でもある中村さんをNASUのオフィスにお迎えし、グラフィックデザインコース3年生の学生に向けてお話いただきました。
CDジャケット、本の装画、企業やブランドとのコラボレーションなど、長年にわたって第一線で活躍し続けている中村さん。講義では、前田が聞き手となり、現在の仕事、仕事の選び方、今の作風が生まれた意外なきっかけ、イラストレーターとしての生き残り方、そしてAI時代のクリエイターに必要なことまで、幅広く語られました。
この記事では、前編を中村さんと前田の対談、後編を学生からの質問に答えるパートとしてお届けします。

中村佑介さん(写真右)
1978年兵庫県宝塚市出身。大阪芸術大学デザイン学科を卒業後、フリーランスのイラストレーターに。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケット、『夜は短し歩けよ乙女』『四畳半神話大系』、音楽の教科書の表紙、浅田飴のパッケージなど数多くのイラストを手掛ける。また、アパレルブランドグラニフとのコラボやアニメのキャラクターデザイン、配信活動、執筆など表現は多岐にわたる。
前田高志(写真左)
株式会社NASU代表取締役、デザイナー。前田デザイン室・室長、伊丹市CMO補佐官、大阪芸術大学客員准教授、広島工業大学客員教授も務める。
1977年兵庫県伊丹市出身。大阪芸術大学デザイン学科を卒業後、デザイナーとして任天堂株式会社に入社。2016年からフリーランスのデザイナーとして独立。2018年に株式会社NASUとして法人化し代表に。
日々の仕事が、展覧会になる。15周年展から10年続く巡回展
前田:まずは、現在どのような活動をされているのかお聞きしたいです。金沢21世紀美術館での展覧会は(この対談が開催された)今日までですよね。
中村:はい、金沢21世紀美術館で展覧会をやっています。ただ、展覧会は僕にとってはサブ的な活動というか。普段はCDジャケットや本の表紙などの仕事をしていて、その原画を飾っていただいてます。


金沢21世紀美術館で開催された『中村佑介展2026 in 金沢』の様子。CDジャケットや書籍カバー、パッケージや広告など、中村さんの作品の原画が多数展示された。
中村:最初は活動15周年の展覧会を、大阪芸大のスカイキャンパスでやらせてもらったんです。思ったより運営として手応えを感じたので、他の会場でも回りましょうとなって、今も続いている感じですね。今が25周年なので、10年目になります。
前田:去年、宝塚でやった展覧会も同じものですか?
中村:基本的には一緒です。ただ、宝塚の場合は宝塚市も協力してくださったり、会場によってはそういう違いもあります。僕は宝塚出身なので、すごく嬉しかったです。
宝塚市制70周年を記念したフラッグも描かせていただいたのですが、そのために宝塚市について調べると、住んでいた当時はわからなかった宝塚の良さも見つかりました。「故郷に錦を飾る」ではないですけど、これもやっぱり嬉しかったです。

1枚に100時間、丁寧に描くことが自分の武器
前田:今はどんなペースで絵を描かれているんですか?
中村:1ヶ月に2枚くらいです。昔は3枚くらい描いていました。
前田:抑えているんですか?
中村:抑えているというより、時間をかけています。休みは昔から一切ないので、作業時間を増やしている感じです。時間があるなら、絵に1秒でも費やした方が、より広く届くものができると思っているので。
イラストレーターを始めた20代の頃は、
僕の関わるCDとか本の表紙は、いわゆるユースカルチャーというか基本ターゲット層は若者中心でしたので、見る人も同世代でした。でも30代を超えると、自分は若いつもりでも、だんだん若い人たちの感覚と離れていくことが課題だと感じて。
だから、消費者と年齢が離れていってしまう時、もしくはもっと広いターゲットを相手にしようと思った時に、流行を超えたところに自分の売りを作っておかないといけないと思いました。僕のイラストレーターとしての一番の武器は、多分「丁寧に描くこと」なんです。

中村:完成した絵はすっきり見えると思うんですけど、実際の制作はかなり細かい作業の積み重ねです。ラフの段階でほとんど完成形は頭の中にできていて、本描きでも大きくは変わらない。ただ、そこから彫刻のように、丸太から形をはっきりさせていくような作業に時間をかけています。
なので、1枚につき、だいたい100時間くらいかかります。1日に作業できるのはせいぜい12時間くらいなので、積み重ねると1ヶ月に2枚ぐらいしかできないんです。
浅田飴もグラニフも「一社だけ」の理由
前田:印象に残っている仕事はありますか。
中村:これは、デュエル・マスターズっていうカードゲームのイラストですね。すごく伸び伸びと楽しく描かせて頂きました。

中村:前田さんもカードゲーム(Desig-win)作ってたじゃないですか。それと似てると思うんですが、個人の生産力では到底できないことってありますよね。
これは5枚入り1パックを数百円で売ってて、金色の部分が箔押しになっているこのカードのように、特殊加工のついたカードが時々でてくる。そんな風に仕事で関わって予算がついていたら可能でも、自分が主体になってやるとしたら、値段を上げればできるんだけれども、「そんな高価なカード作っても」と思ってできない。
前田:出版社の印刷も規模が違いますもんね。
中村:お金の規模が違いますね。なので生産数を上げて届けやすい単価が可能になる。
前田:じゃあ今後、パッケージ系の仕事を増やしていきたいなとか考えてるんですか。
中村:いや。パッケージは、浅田飴なら浅田飴だけでいいと思っています。これは元々限定品だったものを通常品にして売ってくれた恩義があるので、似たような仕事は受けていません。

2020年9月に発売された「浅田飴糖衣R/L/P(指定医薬部外品)」のパッケージに使用されている中村さんのイラスト。2021年から毎年、十二支をモチーフにした描き下ろしデザインの限定缶も発売されている。
中村:「なんとか社のなんとかみたいな商品をうちも作りたい」という依頼は基本的に受けないです。短い目で見ればお金はもらえるけれど、長い目で見ると節操のない作家像になってしまう。
グラニフでTシャツを作っている間は、他のアパレルは全部受けない。僕は一社主義なんです。


株式会社グラニフとのコラボレーションで販売されている、中村さんのイラストが使用されたTシャツなどのアパレル。コラボレーションは2022年の第1弾から、現在第5弾まで実施されている。
「これからの時代は女の子を描けないと」
前田:今の中村さんになった経緯もお聞きしたいです。学生時代はどんな絵を描いていたんですか?
中村:もともと僕は、カプコンに入りたかったんです。子供の頃からビックリマンシールやカプコンのゲームが好きで。ああいうものって、大人が本気で作ってる感じがしたんですよね。子供である自分を、大人が相手にしてくれてると嬉しく感じた。だからコンピューターが使える視覚情報コースを選んで大阪芸大に入りました。
中学生の頃は、ゲームセンターに通っていました。ゲームをするんじゃなくて、当時一番グラフィック性能が高いゲームはゲームセンターにしかなかったので、画面のドット絵を見て覚えて、家に帰ってグラフ用紙に写していたんです。カプコンに入ったらこの仕事があるんだろうなと思って。
前田:それで、カプコンは受けたんですか?
中村:就職セミナーだけ行きました。僕は当時ストリートファイターが好きだったから、筋肉の男性ばかり描く練習をしていました。ところが、カプコンだけでなく他の会社も同じことを言ったんです。「格闘ゲームがブームなので、皆さん今は筋肉の練習をしていると思うけど、これからの時代は女の子を描ける人が欲しい」と。
当時、コナミの恋愛シミュレーションゲームが大ヒットしていた時期でした。それで、本当なんだと思って、その日から女の子を描く練習を始めたんです。
前田:それまでは、今の絵に繋がるような絵は全く……。
中村:全くないですね。その日から練習のつもりで描き始めたのが、今の絵の始まりです。
最初は練習だったのが、描いているうちに楽しくなってきて。背景がついたり、色がだんだん増えていったりして、今の形になっていきました。
課題として意識していたのは、「それまでの男性作家が描くステレオタイプな女性像から、どれだけ離れられるか」ということです。「女性が見ても違和感を抱かない」、という男性作家の女性像って、当時の商業ではあまり見たことがなかった。だから僕はそういうものをやってみたいなと思っていました。
ポートフォリオは作らない。偶然から始まったアジカンのジャケット
前田:中村さんがアジカンさん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)とつながっていった話を聞きたいです。
中村:学生時代に、練習で男の子の絵も描いていたんです。そのモデルになってくれたのが本田淳くんという大学の後輩で、音楽好きだったんですね。彼が「ASIAN KUNG-FU GENERATIONというバンドが好きなんです」と言っていて。
僕は学生でお金がなかったので、モデル料として学食のカレーをおごったり、できあがった絵をポストカードにして渡したりしていました。そのポストカードを「好きなバンドの人に送っていいですか」と言われて、もちろんいいよと。それがCDジャケットにつながりました。当時はお互いに無名でした。

ASIAN KUNG-FU GENERATIONのメジャーデビュー作品『崩壊アンプリファー』2002 ©Ki/oon Music ジャケット
第1作目から現在まで、中村さんのイラストがジャケットに使用されている。
前田:積極的に営業活動をしていたというより、偶然そうなったことが多いんですか?
中村:偶然の方が多いです。ただ、当時から考えていたのは、営業活動を正攻法でやるより、本の表紙を描いて本屋さんに並んでる方が究極の営業活動になるんじゃないかということです。本屋で平積みや面出しされれば、自然と多くの人が見てくれる。
僕はポートフォリオを作ったことが一度もありません。売り込みに行ったこともないです。ひとつ仕事をつかめば、それを複数の人が見てくれる。消費者もそれぞれ仕事をしているので、その人たちが仕事を振れる立場になった時に、いいものを描いていれば、依頼してくれるかもしれない。そう考えていました。
「オタクになってから描く」理由
中村:そのために絵のフックみたいなものは意識しています。並べた時に他の作家と違って見える表現、プラス、使いやすいようなモチーフ選びをして、プロモーションも表現も同時にやっていけば、売り込みをしなくても仕事が来ると思ってずっとやっていますね。
前田:使いやすいっていうのはどういうことですか?
中村:そこまでの正確さを求められていないモチーフでも、きちんと描くということです。たとえば『サーフ ブンガク カマクラ (完全版)』というアルバムは、江ノ電の沿線が主題になっています。だからジャケットにも江ノ電を描いているんですが、電車そのものを細部まできちんと描く必要は、ないと言えばないんです。求められているのは電車の正確さではないですから。でも、そこをちゃんと描いておくと、他の電車の仕事が来たりするんです。

中村:ゴジラの仕事も同じですね。実は、その仕事の時に初めてゴジラをちゃんと観たんです。でも、ゴジラの全作品を観て、オタクの人たちと同じくらいの知識を積み重ねてから描きました。好きになってから描く。オタクになってから描くようにしています。
新海誠さんの『君の名は。』のコラボTシャツを描いた時も、新海さんの作品に全て目を通した上で、当時ファンの方たちがどういう受け取り方をしていたのかを、映画のレビューサイトでずっと読んでいました。ファンがその作品のどこを好きなのかがわからないと、タブーをやってしまうと思うので。コンテンツとイラストレーターの組み合わせで、一番ミスが起こりやすい部分です。
息の長いコンテンツに触れる時は、古参のファンを絶対に大切にしないといけないと思っています。人気だから使われただけ、コンテンツを理解していない、となると、作家イメージが目減りしていく。SNSで話題になっただけで、お互いのファンが実は嬉しくないということが起こってしまう事は多々あります。
ギャラだけで仕事を見ない。本の表紙は「プロモーション」
前田:大学卒業して2、3年でプロのイラストレーターとして仕事していたということなんですが、イラストレーターとして、どうやって値段が上がっていくんですか?
中村:やっぱり断ることじゃないですかね。行列を作るということです。例えば低価格特急便のような依頼に「その納期では受けられません」と言うと、この人は詰まっているんだなと伝わる。そうすると、「うちは○万円出すから1ヶ月の制作期間を予約できませんか」となっていく。もちろんそれに見合うイラストの力は必要な上で。
ただ、ギャラの金額だけで仕事を判断しているわけではないです。
本の表紙のお仕事は、ギャラが安くても積極的に受けるようにしています。本の表紙のいいところはプロモーション期間が長いことなんです。
例えば、広告やCDジャケットはギャラが高くても、消費されるスピードは早いです。でも本は、最低でも3年くらいは絶版にならない。自分の絵のプロモーション期間も見えないギャラと換算すれば、本の表紙は実は0円でも元が取れると僕は思います。だから、ギャラが安いことはそこまで問題ではありません。
前田:PR費みたいなことですよね。PRになるなら高いですね。
AI時代は「会いたくなる人」が生き残る
前田:生成AIについて、イラストレーターの仕事はどうなると思いますか?
中村:僕自身はAIを使っていないです。Googleレンズで、歩いている人のスニーカーがかっこいいと思った時に調べるくらいですね。
AIによって、クライアントが「誰でも良い」と思っているようなカットの仕事は置き換わっていくと思います。こちら側からすればすごくきつい話ですよね。「君の描いているものは誰でもできることだよね」とと時代に突きつけられることでもあるので。
ただし、技術がAIによって代用できるものだとしたら、人間的な身体性、人間臭さ、その人が今生きている実在感
などの価値がだんだん上がっていくと思います。
音楽でも、CDからサブスクになった時にライブの動員が増えましたよね。アクセスしやすくなるということは、薄くなるということでもある。薄いものばかり食べていると物足りなくなって、みんな会いに行きたくなる。
だから、これからは表に出ることが重要だと思います。生きていることを証明するというか。
前田:中村さんは昔からメディアに出ているんですか?
中村:出ていますし、自分でも出します。ラジオを録って編集してアップすることもあります。楽しいんですよ。ラジオが好きなので。
前田: YouTubeとか。
中村:そうそう。昔だったら普通にポッドキャストとかでやってましたね、学生として。
前田:ずっとやってるんですね。
70歳、80歳で現役のイラストレーターへ
前田:では最後に聞きたいんですけど、今後、中村さんはどうなっていくんですか?
中村:そのままです。

前田:そのままですか?何かこれやりたいとか、世界に出ていくとかじゃないんですか。
中村:出て行かせてくれる人がいるんだったら、条件が合ってたらやってみたいけど。
やっぱりそれ以上に、イラストレーターとして一番難しいのは「続けること」で。続けるっていうのは絵を描き続けることではなくて、依頼が続くことなんです。
僕は今48歳ですけど、60歳、70歳、80歳で現役で表紙を描いているイラストレーターを、みなさんは何人知っていますか? ほとんどいないと思うんです。
絵が時代と合わなくなることもあるし、目が見えにくくなったり、徹夜が効かなくなったりする。さらに、自分と同じ年代の編集者が偉くなって現場にいなくなると、若い編集者は気を遣って頼みにくくなる。そうやってフェードアウトしていくんです。
だからこそ、続けることが一番難しい。人気になることよりも、必要とされ続けることの方が難しいけどやりがいを感じるだろうなと思っています。
(後編に続く)
〈 文=長谷川 遥花、浜田綾(@hamadaaya914)/ 編集=浜田綾、女川陽美 / 撮影=浜田綾 / 画像レタッチ=長谷川 遥花 〉
