良いデザインを生み出す“クリエイターファースト”とは 〜デザイナードック 株式会社モンブラン編〜
人が自分の健康を維持するために人間ドックを受診するなら、デザイナーが良いデザインを作り続けるためには「デザイナードック」を──。
2022年度から株式会社NASUは、福利厚生の一環として「デザイナードック」を毎年実施しています。
これは、社員研修の旅先で人間ドックを受診し、現地のデザイン会社を訪問・交流するという制度です。第1回目となる昨年は、石川県にある株式会社トーンさんを訪問しました。
第2回目となる今年の行き先は熊本県。
伺った先は、株式会社モンブランさんです。
NASUメンバー全員でお邪魔すると、モンブランのメンバーの皆さんが出迎えてくださいました。
今回、モンブラン代表の竹田 京司さん、デザイナーとして参画する安藤 曜子さん、亀山 真櫻さんにお話を伺いました。
実は、モンブランさんには正社員はいません。竹田さん以外のメンバーの皆さんは、全員がフリーランス。
スキルが高く、個性もあるメンバーの皆さんをどのようにチームビルディングをして、素晴らしいデザインを作り上げているのか。
NASUを代表して前田さんが、その秘訣に迫ります。
案件に必要なメンバーを集めて生まれたフリーランス集団
前田:今日はありがとうございます。うちでWebサイトを作るときに、よく参考にするサイトを探すんですけど、モンブランさんの実績に行き着くことが多くて、一度お話を聞いてみたいと思っていました。
竹田:嬉しいです。ありがとうございます!
前田:改めてホームページも拝見してきたんですけど、いきなり歌舞伎者のイラストが出てくるんですよね。
竹田:自分たちの顔を全面に出すのが恥ずかしかったのかなと(笑)。裏方気質なんでしょうね。
前田:そういうことですか(笑)。まずは会社のことから教えてほしいんですけど、立ち上げはいつごろですか?
竹田:2012年です。当時は「モンチッチ」という名前で、私と安藤さんの2人体制でした。ただ、当時は個人事業主という形で活動していました。
前田:そうなんですね。今の「モンブラン」になったのはどういうきっかけで?
竹田:法人化することにしたときですね。5年くらい活動してみて、色々なクリエイターさんを巻き込んで仕事を進めていくうえで、責任の所在を明確にするためにも法人化しようと。ただ、株式会社モンチッチは怒られるだろうなと思って「モンブラン」にしました。
前田:なんで「モンブラン」を社名にしたんですか?
竹田:モンチッチという響きが好きだったんで、響きが近い言葉にしたかったのが本音です。完全に後付けですけど、「モンチッチがブランディングまでします」という意味も込めました。
前田:完璧なネーミングじゃないですか(笑)。
竹田:結果的にはですね(笑)。実際、今はWeb制作だけでなく、ブランディングまで幅広くやっています。
前田:モンブランさんが特徴的なのは、社員さんがいないってところですよね。メンバーの皆さんとの契約形態ってどうなってるんですか?
竹田:僕以外は、フリーランスの集まりです。なので、契約としては業務委託にはなります。
前田:えっ!ずっとそうなんですか?
竹田:はい。立ち上げからずっとですね。最初から計算していたわけじゃなくて、案件に応じてメンバーをアサインしていったら、自然と今の形になったという感じです。
前田:へぇ〜! どうやってアサインしていくんですか?
竹田:例えば、男らしいデザインが必要な案件を頂いたとして。うちは女性らしいデザインが結構得意で、男性的なデザインももちろんできるんですけど、「外部のこの人にお願いした方がうまくいくな」と思ったら、躊躇なくお願いします。なので、気づいたら僕以外、その案件の担当が全員“初めまして”みたいなときもあります。
前田:Webの世界だと当たり前なんですかね。
竹田:そうでもないみたいです(笑)。僕がもともとシステムエンジニアからの転職組だったので、一般的に制作会社がどうやっているかとか、あまり知らなかっただけで。
前田:むしろそれが良かったのかもしれませんね。
竹田:合っていたんだとは思います。この制作体制は、自分のペースで仕事してもらえるのも良い点です。産休・育休も含めて、誰かが欠けてもフォローができるので。
前田:確かに。これからも制作体制は変えないんですか?
竹田:特に決めてはいないんですよね。福利厚生とかの制度面でいうと社員のほうが良いところもある一方で、フリーランスは働き方の自由度が高いので。今いるメンバーも、働きやすさ重視でフリーランスという選択をして、うちに参画してくれているんだと思います。
前田:一人ひとりのスキルが高いから、あえて社員にならなくてもっていうのもあるんですかね。
竹田:そうですね。みんな一人で十分やれる人たちなので、僕も発注する立場ではありながら、パートナーとして常に適度な緊張感を持っています。お互いに一定の距離感を保った関係性というのも、この制作体制の良さかもしれないですね。
常に“クリエイターファースト”
前田:普段の制作体制についても教えてください。1案件あたり、何名くらいになるんですか?
竹田:1つのWebサイトに対して、平均5人ぐらいです。大きめの案件だと、7、8名になります。
前田:案件ごとのチームビルディングはどうやってされているんですか?
竹田:いつも確実に100点になるチームビルディングはしてないです。あえて1人は新しいクリエイターさんを入れてみるとか、プラスに転ぶか、マイナスに転ぶかわからない要素入れてチームをつくっています。
前田:へぇ〜!
竹田: 60点になりそうであれば、僕が頑張って80〜100点まで何とかもっていく。逆に、120 点になりそうだなと思ったら、何もしないです。そもそも、デザインに対してどうこう言うことは滅多になくて、プロジェクトマネージャーとしてのスケジュール管理がほとんどではあるんですけどね。
前田:あえて“遊び”をつくるっていうのは考えたことなかったです。120点になる可能性があるってワクワクしますね。
竹田:そうですね。「この人にお願いしたら、どういう上がりがくるかな」と考えるだけで楽しいですよ。
前田:新しい人はどうやって見つけるんですか?
竹田:SNSが多いですかね。普段からチェックしておいて、企画の中でハマりそうだなと思ったら声かけてみるという感じです。もちろん同じメンバーで組み続けるのも安定感があっていいんですけど、新しい人を入れてみるのを僕が好きなんで。そうやって案件ごとに1人ずつ足して行ったら、どんどん関係者も増えてきて今に至っています。
前田:なるほど。仕事を通じて広がっていく、コミュニティのようになっていますね。参加メンバーの方々は、九州在住の方が多いんですか?
竹田:多いですね。もちろん九州在住ではないクリエイターさんもいます。案件に応じてにはなりますけど、全国のクリエイターさんと仕事ができるんで、いつも新鮮で楽しいですよ。
前田:これまでたくさんの方と仕事をしてきて、良いクリエイターの基準ってあります?
竹田:う〜ん……こればっかりは無いですね。納期を守るとか、最低限できて欲しいということはあります。ただ、アウトプットはもちろん、仕事をするうえで、居心地がいいとか、あまり気を遣いすぎないとか、プロセスも含めての総合判断になってしまうんですよね。
前田:実際に組んでみてわかることも多そうですもんね。
竹田:そうなんです。実際、良いクリエイターさんってなかなかいないんです。だから、良いクリエイターさんにはまた仕事を一緒にしたいと思ってもらえるように、仕事のしやすさにはめちゃくちゃ気を配っています。
前田:あぁ〜それはめっちゃ大事ですね。
竹田:例えば、クリエイターさんとの連絡ツールは、あえて統一していないんです。クリエイターさんのやりやすい手段に合わせています。だから、人によってLINE、メール、Slack、ChatWork、連絡方法が違うんです。
前田:そこもクリエイターさんに合わせて?
竹田:はい。細かいことではありますけど、できるだけ仕事しやすい環境を整えるのが僕の役目かなと。極端な話、クライアントは切られてもしゃあないけど、クリエイターには切られないようにしようと思ってるんで。
前田:クリエイターさんへのリスペクトが根っこにあるんですね。
竹田:はい。常にクリエイターファーストで考えてますね。
制作は“言葉の北極星”を決めることから
前田:メンバーの皆さんは普段フリーランスとして個々で活動されているわけじゃないですか。教育とか意思統一とか、チームマネジメントはどうされているんですか?
竹田:あ〜そうですね……亀山さん、なんかしてる?(笑)。
亀山:急に(笑)。明確な仕組み、制度はないかもしれないです。教育と言うと、先輩の背中を見て学ぶっていうことですかね。私の場合、先輩の安藤さんが産休を取得した後に入ったので、直接教えてもらう機会がなくて。安藤さんの作品を見て、こういうデザインをしていこうって、手を動かしながら学んでいきました。
前田:そうやって伝承されていっているわけですね。意識的に“モンブランらしさ”を出そうみたいなことはないんですか?
竹田:意識はしないですね。それぞれが個性を活かしてやって、それが結果的にモンブランらしさになっているという感じです。
安藤:そうですね。自由度が高いということ自体が特徴かもしれないです。
前田:なるほど。自由度がこそモンブランらしさ。でも、実績から“らしさ”を感じます。手法としてイラストを使用される作品も多いですけど、それも結果的にということですか?
竹田:そうですね。絶対にイラスト使おうとは決めていないです。今は、クライアントも実績を見て問い合わせをくれるので、そこでマッチしやすくなってきているかもしれないですね。
前田:なるほど。クライアントもイラスト系を期待してきちゃいますよね。
竹田:そうなんです。ただ、最初から「イラストを使って」と言われたら、「それはいったん置いておきましょう」とは伝えてます。まずは目的をはっきりさせないと、イラストが有効な手段かどうかもわからないんで。
前田:確かに。まずはクライアントがどういう目的を持っているかは大事ですしね。そうなると、最初のヒアリングが結構重要になりますよね。
竹田:そうですね。僕のヒアリングはめちゃくちゃ長いです。3カ月くらいかけるのもザラで(笑)。対面で何度も話しますし、ご飯食べたり、お酒を飲みに行ったりもします。
前田:そこは対面でのコミュニケーションを大事にされていると。
竹田:はい。意識しないでポロッと出た言葉が本質を突いていることって結構あると思っていて。このオフィスでも取り繕った言葉になりがちなので、そういうときは「席替えしましょう!」とか言って、クライアントの隣に行ったりしますね。
前田:それ、めっちゃいいですね〜。
竹田:あとシーンってするのも嫌なんで「ちょっと曲かけていいですか?」とか言って音楽流したりとか。できるだけ自然体で、本音で話してもらえるように意識はしていますね。
前田:ヒアリングを経て、制作はどういうところから着手するんですか?
竹田:最初に必ずコンセプトになる言葉をめちゃくちゃ固めます。どの案件も基本は、この言葉を軸にした作り方を徹底してますね。みんながわかる、いわば“言葉の北極星”に向かって、デザインも、原稿も、写真も、作り込んでいきます。
前田:へぇ〜! 言葉の北極星って具体的にどういうものなんですか?
竹田:企画の段階ではどう使うかは決めていなくて、制作サイドの約束事という感じです。制作過程で判断に迷った時に、立ち戻って判断軸にするものでもありますね。用途としても、その言葉が表に出ないこともありますし、クライアントが気に入ってWebサイトのキャッチコピーに使うこともあります。
前田:NASUもまったく同じです。外には出さないことが多いんですけど、コンセプトは毎回入念につくります。コンセプトワークにはクライアントさんも入ってもらって一緒に作ってます。外向きの言葉はタグラインを別途つくることが多いですね。モンブランさんでは、どうやってその言葉をつくっているんですか?
竹田:ライターさんと一緒につくってます。ライターさんにの癖も出ますし、同じライターさんでも案件によってトーンが変わってきます。僕がつくっても、引き出しが同じなんで似通っちゃうかなと。なので、ライターさんの引き出しを借りて、つくらせてもらっているような感覚です。
前田:これだ!っていう言葉を見つけるのって難しいですよね。
竹田:ですね。ライターさんと一緒にクライアントの話を聞いて、1つの言葉を見つける、宝探しの感覚に近いですね。ライターさんによって視点が違うんですけど、クライアント自身も気づいていない、実は大事な言葉が絶対あるんで。探すのは大変ですけど、起点となる言葉が見つかって、絵まで見えてくると、企画も、デザインも自ずと固まってきますね。
Web制作のはじまりは自作音楽の発信のため?
前田:せっかくなので、竹田さん過去の話を聞かせてください。もともとシステムエンジニアだったというお話でしたね。
竹田:東京で3年くらいやっていました。大学生の時、システムエンジニアが出始めた頃で、言葉の響きに惹かれたんです(笑)。もう一つの理由が、大学でずっと音楽やっていたので、まぁ……恥ずかしんですけど、自分で作った曲をホームページにアップしたいなと思ったんですよ。
前田:えぇー! どういう音楽ですか?
竹田:J-POPですね。
前田:じゃあ歌もご自身で?
竹田:あんま掘り下げないでください(笑)。当時は「Flash」が出てきて、自分で打ち込みの音楽が作りやすくなった頃で。それが面白かったんですよね。
前田:そこからどういうきっかけでデザインの世界に?
竹田:システムエンジニアの仕事だと、10人以上でチーム組んで、形になるまでも結構な時間が掛かるんです。でも、音楽とかWebサイトであれば一人で色々なものをパッと作れる。そのほうが面白いなと思って、いくつか友達のホームページを作らしてもらっていたんですよね。
前田:それでいっそデザインの世界に行っちゃおうと。
竹田:はい。でも、転職は苦労しました。Web系の制作会社は、基本的には経験者採用なので。東京もダメで、大学で通っていた福岡もダメで。地元の熊本でも探してみたら、なんとか受かりました。その制作会社で経験を積んで、独立に至ったという流れです。ちなみに、安藤さんとはその制作会社で知り合いました。
前田:最初のうちはどうやって仕事をとってきてたんですか?
竹田:たまたま前職のつながりで、大きな案件を1つやらせてもらっていたんですけど、それ以外は全然で。システムエンジニア時代のつながりで、東京にも知り合いがいたんで、「なんか仕事くれない?」って声かけて回ったりしてました(笑)。
安藤:そこから徐々に軌道修正して、クライアントとの直取引でWeb制作を請けられる状態にしようという方向に向かっていきましたね。
前田:お二人でも結構話し合ったりしたんですか?
竹田:いや、あんまりしてないかもです(笑)。自分たちのHPくらいですかね。SEO的に、「熊本 HP制作」で調べたときに1ページ目に来るサイトにしようという話はしました。
安藤:手探り状態ではあったんですけど、当時としては、いち早くレスポンシブ対応をしたのが大きかったと思います。Google検索でもレスポンシブ対応サイトが上位に来るようにアルゴリズムが変わった頃だったので。
前田:ホームページからの問い合わせで仕事を広げてきたわけですね。
竹田:今はもう新規の問い合わせの8割くらいがホームページ経由です。
前田:熊本県外からの問い合わせも結構あるんですか?
竹田:ありますね。それは熊本地震がきっかけです。甚大な被害が出て、しばらく熊本県内の仕事がなくなると思って、福岡県からの仕事を取るためのWebサイトを新たにつくったんです。それがうまく行って、熊本以外の九州各県、そして関東を中心にした九州外からもも問い合わせが来るようになっています。
ブランディング案件を広げてクリエイターがもっと働きやすいように
前田:竹田さんの動きは、世の中よりも一歩早い感じがしますよね。デザイナーである前に、できるビジネスパーソンだなって。安藤さん、亀山さんから見て、竹田さんはどういう印象ですか?
安藤:不思議と信頼できるというか。最初に前職で独立のときに声をかけていただいた時も、なんだか竹田さんとならできそうな気がしたんですよね。
亀山:その感じはわかります。安定感が凄まじいです。ゲームのキャラクターにあるステータスで言うなら、あらゆる能力をカンストしてる人みたいな(笑)。HPも高くて、攻撃も防御もできる人だと思います。
竹田:面と向かって言われると恥ずかしいですね。席外しておけば良かった(笑)。
前田:でしたね(笑)。最後に一つだけ、モンブランとしては、今後どうなっていきたいみたいなビジョンはあるんですか?。
竹田:これまでは、「Webサイトを作りたい」というクライアントに対して、ロゴ、キャッチコピー、ひいてはブランディング全体を付随的に提案してきたんです。今後は逆に、ブランディング全体の提案から入って、制作という流れをつくろうと考えてます。
前田:なるほど。そのほうが自由度も広がりますよね。
竹田:はい。案件規模も変わってくるので、クリエイターさんたちにもがっちり入ってもらって、相応の対価も払いやすくなるので。すごく現実的なビジョンですけど(笑)。
前田:クリエイターファーストという話もそうですし、竹田さんは関わる人に対してバリューを出すっていうのをほんと大事にされていますよね。だから、一緒に働く人たちがハッピーになる働き方ができているんだと思います。NASUとしても「健康経営」とか、これから規模を大きくするなかでのチームビルディングとか、ヒントをたくさんいただけました。今日はありがとうございました!
モンブランの皆さん、ありがとうございました!
〈 文=木村涼 (@riokimakbn)/ 編集=浜田綾(@hamadaaya914)中山乃愛(@noa_liriope)/撮影=小賀雪陽( @KOGAYUKIHARU )/バナーデザイン=小野幸裕(@yuttan_dn52)〉